第3部 第13話 §6 王城
エピオニアの女王は確かにカリスマ性のある人間であり、市長という立場をとり続けていたシンプソンとは違い、その批判の対象とはなりにくいが、やはり内部は、昔のように一丸となり、彼女を支えるような体制ではなくなりつつある。
恐らく女王もそのことはすでに理解しており、退かなければならない時期を待っているのだろう。
ドライ達を乗せた車は、エピオニアの王城を渡る壕を渡る、石造りの橋を渡る。
「あれぇ?出迎えとかないんだ」
それは、二番目の車に座り、窓の外を眺めていたイーサーの言葉である。
あれだけ英雄の凱旋を出迎えた車列があるのに、城に入るときには何一つ無い。それを不思議に感じたが、実際は車列が静かに王城の中に、入って行くだけである。
ドライは騎士ではない。国のために掛ける命、死を持って与えられる名誉には、何の興味もない。エピオニア十五傑とう存在ではあるが、それは彼等がなした偉業からついた、後天的ものである。
それが、ドライ好みではないことを、女王は知っている。
名を知らぬ者達のために、彼は命をかけたわけではないのだ。今あるこの家族のために、その命をかけただけなのである。持て囃され、無責任で煩わしい期待はいらない。
王城の外壁をくぐった車列は、城門の前で停車する。
そして、そこにはすでに、女王達が立ち並び、ドライ達の参上を待ちかねていた。無論ザインやアインリッヒもいる。オーディンもニーネも、ジュリオもいる。
「ご機嫌麗しゅう御座いますか?」
運転手がドアを開き、外界に出たドライに対して、呼びかけた女王の言葉がそれだった。
エピオニアの女王。サティ=アズガバル。それが彼女の名である。いつまでも十代のあどけなさが抜ける事のないサティ。麗しさと気品をも兼ね備えた少女のままの彼女。不思議な存在である。
美しい白い肌が見える胸元が大胆に開いたドレス。胸骨のあたりには、埋め込まれた夢幻の心臓が見える。それが彼女の永遠の命の証である。
「ぼちぼち……かな」
ドライは少しだけ照れ臭そうに笑う。珍しくはにかんだ様子のドライだった。
エピオニアの千年女王の事実は、誰もが知っているものだ。彼女は死ぬことがない。その姿が少女のままであることも、その容姿も知られている。
身長もミールよりは高いが、決してすらりと背丈があるわけでもなく、運動能力がある様相でもない。だが、彼女が、エピオニアを支える女王なのである。
「ローズ。お久しぶりです」
ドライとは、見つめ合うだけだったが、女王はドライの目の曇りが晴れていることを、知るとホッとした表情を浮かべる。
「う、うん……」
と、ザインがしかめっ面をして、咳払いをし、一瞬視線のあったドライにたいして、腰元あたりで、ひたすら掌を下に押し下げる仕草をする。
ドライは、彼女を立ててやらねばならない。非礼は彼女を危うくするのである。
別にドライの立ち振る舞いが悪いわけではない。それは、求められてはいないのである。
ドライは、ザインの言っている意味を理解した。
すっと、立て膝をしてしゃがみ込み、目を閉じる。
「お帰りなさい……」
女王がドライの頬を両手で包み、その額にキスをする。形式だけではなく、帰還の祝福の意味を同時に持ち、親しい者へ贈る最高の礼の一つである。
ドライへのキスが終わると、今度はローズに視線を合わせる。
「ローズ、お帰りなさい」
ローズもドライに並び跪き、女王のキスを受ける。
兵士達は、二人に対する女王の行為に少しざわめきを見せるが、十八年前の彼等を知っている中堅以上の兵士達にとって、それは当然だと思える関係であった。出来れば自分達が彼等を囲み、喜びを表現したい。だが、それを全て女王に託しているのだ。
荘厳な灰色。
それが、エピオニアの色だ。だが、城にたどり着くと、それは厳粛というイメージに変わる。
厳重な城門がが開かれ、女王を先頭に、ドライ達は、王城内に入る。
相変わらず物々しいところだ。
ドライはそう思う。
何かにつけて大げさである。それが王を取り巻く環境なのだろう。ホーリーシティーとは、大きく異なる。
兵士達は、王城内には、入らない。
「すげぇなぁ……」
イーサーは、つい声に出して、そう思ってしまう。天井の高さ、つり下げられたシャンデリアの豪華さ、歴史を感じる石の壁、足元を固める赤の絨毯。
「アニキ、ここにいたんすか?」
「まぁな……」
大した記憶じゃない。そんな風にも取れるドライの返事。
「へぇ……」
イーサーの好奇心は、内に収まることはないようだ。
王城内に入ると、大臣や兵士達が、動き回っている。無論事務的な職務に就く者達もいる。彼等はその中を、女王を先頭に、歩いているのだ。
必然的にイーサー達は、最後部の一団になる。
構図としては、女王。ザイン、インリッヒの二名、ジュリオ。ドライとローズ、オーディンとニーネ。それから子供達の順になる。
その中で、ミールが尤も気になった存在は、アインリッヒである。
なぜなら、彼女はミールより、僅かに高い程度の身長しかないからだ。アインリッヒは、気品に満ちるシルバーメイルを身につけている。この時のアインリッヒは、剣を持っていなかったが、小柄な彼女にしては、厳めしい鎧を着ている。
いや、凛々しい姿だといえるだろう。アインリッヒは小柄だが、切れのある凛々しい表情をしている。
ミールからは、彼女のブロンドの髪色しか見えないが、その歩き様で彼女が剣士として生きているのがよく解る。
彼女がどういう人間なのか、興味をそそられる。
それまでは特に大した会話もない。今までの彼等なら、飛びついたり飛びつかれたりが、よく見られた。というよりも、ローズが一番激しい愛情表現をみせていたはずだ。今回はそれがない。
彼等はそのまま、王城の二階に上がる階段を上る。
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