第3部 第13話 §2  大人の時間

 場面は再び、エピオニアに向かう飛空船へと戻る。

 枕が変われば、目覚めが早まることが多い。新鮮な気分は、心をウキウキとさせることも多い。特に好奇心を倍増させていたのは、ミールとリバティーの二人であった。

 特に今回は、訳がある。その二人は、その理由をひっさげて、フィアとグラントが寝ている個室の前に、姿を表していた。

 「どう思う?」

 ミールが、扉に耳を貼り付けながら、潜めた声でリバティーに、そう訪ねる。

 「フィアさんて、朝早いよね……いつも」

 リバティーも乗せられて、側で声を潜めているが、ミールのようにドアにありついているわけではない。

 だが、そのフィアが起きている気配が見られないということは、それは自分達が望む結果を、二人が迎えたのではないか?と、期待の濃い推論を立ててみる。

 飛空船の中は、機密性が保たれているが、それでも少しひんやりとした感がある。その心地よい冷たさが、二人の目覚めを、余計によくしたことも、確かである。

 「あ……ダメ……」

 それは、間違いなくフィアの声である。

 完全に漏れてきているわけではないが、確かにドアの外にまで聞こえる声だった。予想以上につやのあるその声に、ミールはさらに扉に張り付く。そして、リバティーもしっかりと、張り付いてしまう。

 グラントに声は聞こえない。

 「おっし……」

 ガッツポーズを作るミール。共に行動しているリバティーだが、少々苦笑いをしている。こちらにもローズの影響が出始めているようだ。ももともと、好奇心の強い性格のミールである。それが彼女の本質なのかもしれない。

 「ああ……ああ」

 より切ない声を出すフィアだった。

 「グラント……やるじゃん……見直したぞ!」

 と、完全に確証した、ミール。より強く握り拳を作る。

 だが、その直後、扉が開かれ、扉に張り付いていたミールと、リバティーは部屋の中になだれ込む結果となってしまう。そして、そこには、すでに着替え終わっていたフィアが、不敵な笑みをニヤリと浮かべて立っている。まるで行動の全てをお見通しだと言いたげだった。

 「あら?」

 「あはははは!」

 ミールが、期待をはずされ、リバティーが誤魔化した空笑いをする。

 だが、ミールは未だ寝ているグラントの背中を見つける。

 「寝てるから、静かにしなよ……」

 フィアだけが部屋の外に出てくる。いつもと代わりのない。

 「で!どうなのよ!」

 扉を閉めたフィアに対して、まだ潜めた声でそう訪ねるミールであった。彼女はどうしても、結果が欲しいらしい。

 「秘密~」

 フィアは、ニコニコと、笑うだけだ。

 ローズに対しては、セクシャルな面を見せるフィアだというのに、こと男性関係に関しては、ハッキリしない部分を見せる。

 「ホラホラ、下いこ!」

 フィアは、もう一度同じ事を聞かれないうちに、ミールとリバティーの背中をおして、彼女たちの寝ている四等客室に向かう。

 四等客室。つまり、雑魚寝部屋の一角で、簡単な朝食を取り始める事になる、フィア達。イーサーは、頭の寝癖を手入れせず、未だに眠たげな表情をしている。

 彼等の朝食は、雑魚寝部屋の各ブロック間の通路を通る売り子から入手することが出来る。

 「エピオニアには、いつ頃つくんだろ?」

 「ん~~、お昼くらいかな?」

 到着が待ち遠しいイーサーと、それに答えるリバティー。

 「ヘヘヘ……」

 イーサーは、小さな窓の下に広がる景色を見ながら、満足げに笑う。無邪気で、悪戯好きで、好奇心旺盛そうな笑みである。

 イーサーが、少年のように瞳を輝かせて、眼下に広がる景色に目を奪われていた頃。ゆったりとした大人の時間を過ごしているドライとローズが居た。

 二人は、特等室でサイドビューの眺めの良い強化ガラスに併設されたベッドの上で、しっとりと寄り添いながら、朝の眠気で薄い思考に、その身を任せていた。

 「雲海よ……きれいね……」

 「ああ……」

 旅をしている。ローズはそ思っている。単純だがそう思える。安全でなんの刺激もない旅だ。それに目的地はエピオニアで終わる。これから何かに乗り継ぎ、さらなる遠方に向かうわけではない。

 だが、その壮大な眺めは、長らく燻りつつある冒険心を擽らずにはいられない。

 不思議なものである。

 彼女は元々、普通の女で、姉の不幸、そして、自らに降りかかった悲劇が無ければ、小さな街でその一生を平凡に過ごしていたことだろう。恐らく過剰で過激な彼女の愛情も、そこには無かっただろう。当たり前のように、誰かを愛し、平坦な愛に恵まれた生活に、その一生を任せていたかもしれない。

 だが、痛みから始まった冒険の記憶が、彼女にとって尤も色濃く、鮮やかに残っている。もちろんマリーの死もそこに含まれている。そして、ドライと出会い、並の男とでは得られない、熱く激しい情熱的な日々を得る。

 それと同時に、ローズは思う。世界は狭くなったと。論理的にそれを思うのではなく、感覚でそう思うのだ。

 言葉にはならないが、感覚がそう感じさせた。

 何故ならば、この世界のどこにも、自分達が切り抜けてきた、危険や壮大な冒険は、どこにも転がっているようには、見えないからである。

 だが、うっすらとした、危険も感じている。微妙なバランスである。

 彼女は、平和を望みながら、狭い世界を打ち壊す何かを望んでいるのかもしれない。

 無責任なのかもしれないが、その過程が尤も充実しているものなのだろう。だからこそ、あのころを思い出す。

 「綺麗ねぇ……」

 ローズは雲海を眺めなめつつ、ドライの胸板に頬を当て、それをボンヤリと眺める。

 青白い雲が開けた窓の下を延々と流れ、その切れ目からは、大陸や海が見える。遠く見えれば見えるほど、それらは大気のうっすらとしたベールに、包まれている。

 「ああ……」

 ドライも恐らくローズと同じ感覚で、それを眺めていたのだろう。そして、何故かこのまま延々と空を回り続ければいいとも、思っていた。

 恐らく雲の海を船が潜り、人の世界に戻る頃、不思議な切なさが彼等の中に広がるのだろう。

 そして、その時間はやってくる。ベッドの上で、ゆったりとした浮世離れの時間も終わりを告げる。

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