6-011. クエスト受注
王都を発って四日目の朝。
ジェリカの愛馬リアトリスのおかげで、俺の想定よりもずっと早くパーズにたどり着くことができた。
さすがユルール・スーホの末裔だと褒めてやりたい。
あとで
「パーズ……来るのは一年ぶりだな」
都市を取り巻く外郭門をくぐった時、俺は久々に見るパーズの街並みに懐かしさを覚えた。
衛星都市パーズはエル・ロワ西部の玄関口。
西方へ通じる道も、ワイバーン山脈に連なる道も、おおよそすべてがパーズと繋がっていると言われるほどだ。
他の都市と比べて褐色の肌――アヴァリス人とすれ違うことが多いのも、パーズの特徴と言えるだろう。
建築様式にしても西方の国々の影響を受けていて、アヴァリスやルスの意匠が施された建築物がちらほらと見られる。
パーズに独特の雰囲気を感じるのも、それらの影響なんだろうな。
「冒険者が多いね」
「ああ。きっと魔物討伐の依頼で集まってきた連中だ」
ネフラが言うように、大通りにはやたらと冒険者の姿が目につく。
忙しなく移動する市民や商店街の客引きに混じって、物騒な得物を携えた
「ジルコ、ネフラ。わらわはリアトリスを
「わかった。俺とネフラは国営ギルドに顔を出してみるよ。リドットの足取りが掴めればいいんだけど」
「うむ。では、わらわはついでに
「それじゃあ一時間後、アルマス
「承知した」
アルマス
パーズの中央広場に設置された10m四方の建造物と、その中に設置された勇者アルマスの彫像をひとくくりにそう呼んでいるらしい。
アルマス像自体は、九ヵ月前に王都の凱旋パレードでお披露目される予定だったが、製作が間に合わなかったために俺や
伝え聞くところによると、勇者ファンがわざわざ遠方から押しかけてくるほどの名物になっているという。
「……」
「どうしたネフラ?」
「別に」
ジェリカの馬車を見送った後、ネフラの顔を覗き込むと何やらまた不機嫌になっている。
なかなか温泉街に行けないことを苛立っているのだろうか。
「アルマスの像が俺の像と比べてどんな出来か気にならないか?」
「……それは気になる」
「せっかく来たんだし、見比べて行こうぜ」
「……うん」
「近くの商店には、木彫りの小さな勇者像も売っているらしい」
「そんなの……いらないっ」
ネフラの顔に少しだけ笑みが戻った。
それを見て安心した俺は、彼女の背中を押してパーズの通りを歩き始めた。
◇
国営ギルドを訪ねたものの、リドットの情報はまったく得られなかった。
受付嬢に頼んで
ギルドに所属している冒険者がよその町で
つまり、リドットはパーズで冒険者活動をしていないということだ。
正義感の塊であるリドットなら、必ず魔物討伐の
「――お力になれず、申し訳ありません!」
「謝らなくていい。わざわざ調べてくれてありがとう」
「いえいえ! ジルコさん――様のご要望ならば、可能な限りお応えさせていただきますから!」
「はぁ」
「もしもこちらで
「は、はぁ」
さっきから受付嬢の様子がおかしい。
俺が〈ジンカイト〉の冒険者だから、自分のギルドで
勇者の
「ごめん。
「内12件は正体不明の魔物の調査・討伐案件ですが、もう5件はトロルの放逐案件となっています! せっかく来訪されたのですし、ぜひどうですか!?」
「トロル? 放逐って……トロルが人里に現れたのか?」
「はい! ノール、クォーツ、ダーツヴァリー、ファングス、フットヒルズ――いずれもグロリア火山近隣で、トロル被害の報告があった町です!!」
「……妙だな」
トロルといえば、山岳や渓谷など人気のない場所に隠棲する巨人族だ。
彼らは怒らせれば手が付けられないほど暴れるが、基本的にヒトやセリアンには無関心で人里に現れることも稀なはず。
ワイバーン山脈に生息しているのは知っていたが、なぜ町を襲うようなことを?
……もしや魔物の出現と関係があるのか?
「みんな魔物討伐の
「そりゃ報酬の良い
「報酬が少なくとも、助けを求めている人々がいるんです! 〈ジンカイト〉の英雄が引き受けたとなれば一気に注目度も上がりますし、人助けと思っていかがです!?」
この受付嬢、グイグイくるな。
ここまで言われて断るのは〈ジンカイト〉の名折れかな……。
いや、しかし、俺は休暇の身だし、ここで仕事なんかを受けた日にはネフラになんて言われるか――
「クォーツからの依頼、報酬は何なのですか?」
――と悩んでいる傍から、ネフラが受付嬢に問いただした。
「えっ……と……三ツ星宿の一週間無料宿泊権……ですね」
「三ツ星宿!」
「依頼主は町長さんですね。三ツ星宿の亭主も兼ねているようです」
「ジルコくん。クォーツの三ツ星宿といったら、死人も生き返ると言われるほどの特A評価の溶岩風呂があるところ。これを受けよう!」
ネフラが興奮した様子で俺に訴えてくる。
カウンターの奥からは、受付嬢が同じような表情で俺を見つめている。
……断る余地がない。
「わかった。クォーツの依頼を受けよう」
「うん!」
考えてみれば、資金難だった俺にはちょうどいい
トロルを追い払うだけでクォーツの溶岩風呂にタダで入れるのなら、多少の苦労もなんのそのだ。
ネフラもやる気いっぱいだし。
「さすが英雄ジルコ様! 憧れます! 痺れますっ!!」
「は、はぁ……」
「あのぅ~」
「はい?」
カウンター越しに、受付嬢が何やらもじもじしている。
「ジルコ様。その、失礼とは存じますが……」
「はぁ」
「握手していただけますかっ!!」
「えぇっ!?」
受付嬢が真剣な眼差しで右手を差し出してきたので、面食らってしまった。
なんで一冒険者の俺と握手なんて……あ。
もしかしてこの人、俺のファンなのか?
「お世話様です……」
下手に断って相手の気持ちを踏み躙るのも残酷なので、俺は渋々握手に応じた。
手を握った瞬間、彼女は嬉しそうな顔で黄色い声を上げ始めた。
「感激ですぅー! ありがとうございますジルコ様!! これからも頑張ってくださいねっ」
「は、はい」
……なかなか手を離してくれない。
できるだけ嫌そうなそぶりを見せずに受付嬢から手を離すと、彼女は
「あの……大丈夫?」
「あっ、はっ、はい! もちろんっ」
顔が真っ赤になっているけど、本当に大丈夫なのか?
そうこうしているうちに、受付嬢の周りにギルド員が集まってきた。
全員が女性だ。
そして、揃って俺に熱い視線を送ってくる。
まさか全員、俺に握手を求めてくるつもりじゃないだろうな?
「あの、私も――」
ギルド員の一人が近づいてきたので、俺は思わず背を向けてしまった。
そして、振り向いた先でネフラと目が合う。
「ずいぶんモテモテだね」
「え」
「そんなにモテて羨ましいな」
「
「
そう言うと、ネフラは頬を膨らませてギルドの外へと出て行ってしまった。
置いてきぼりをくらった俺は、追いかけたくとも
「あの、ジルコ様……?」
声を掛けられたので振り向くと、受付嬢が小さな紙きれを差し出してきた。
何かと思って開いてみると、そこには地図らしき図柄が描かれていた。
地図には国営ギルドともう一ヵ所、場所を知らせる書き込みがあるが、一体何だっていうんだ?
「なんだいこれ?
「そこ、私の住まいです……っ」
「はぁ!?」
「夜の八時以降でしたら帰っていますので、いつでも……うふ♪」
「……」
カウンター越しに受付嬢の熱い眼差しが飛んでくる。
頬を赤く染め、もじもじしながら返答を待つその姿に、俺は――
「ごめん。そういうの無理なんで」
――地図を破いて、カウンター席の灰皿へと押し込んだ。
「ぐくっ……
返答早々、彼女はカウンター席に突っ伏していった。
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