3-012. 騎士団のお迎え

 翌日。

 部屋に差し込んできた陽光で、俺は目を覚ました。

 寝惚ねぼまなこをこすりながら周囲を見渡すと、部屋には俺の様子をうかがっているネフラの姿しかなかった。


「……クロードとフローラは?」

「クロードは私が目を覚ました時にはもう……。フローラはこの町の教会に行くってさっき出てった」

「そうか」


 あの二人、協調性のなさは相変わらずか。

 せめて俺のことを起こしていってくれればいいのに。


「いてて……」


 大部屋と言う割にはベッドがふたつしかなく、女性陣にそれを譲った俺とクロードは窓側とドア側――彼女らを挟んで床の上で寝るハメになった。

 おかげで寝起き早々、硬い床のせいで腰が痛くてかなわない。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 ネフラはミスリルカバーの本を抱きながら、心配そうな顔をしている。

 この子、わざわざ俺が起きるのを待っていてくれたのか。

 他の仲間達にはない優しさだな、本当に。


「お腹空かない?」

「食堂に行くか」


 コートと携帯リュックを拾い上げた時、俺は床に寝たことを後悔した。

 ……首が痛い。

 防刃コートなんて枕代わりにするもんじゃないな。





 ◇





 〈風来亭〉で朝食をとった俺とネフラは、当てもなく通りを歩いていた。

 教皇領から迎えの馬車が到着するのは夕方頃になるだろう。

 それまではアルカンの町で適当に時間を潰すしかない。


「どこに行くの?」

「どこに行きたい?」


 中身のない返答をする俺に、ネフラは真面目に行き先を思案し始めた。

 本当に真面目で良い子だ。

 実のところ、昨日のうちに準備は済ませたから寄りたい場所はない。

 商店に足を運んで必要な物資の調達は終えているし、駅逓館えきていかんから王都のギルド〈ジンカイト〉に伝書鳩を飛ばしてアン達に状況も報せてある。

 教会にはフローラがいるだろうから極力近寄りたくないし。

 図書館でもあればネフラが喜びそうだが、さすがにこの町にはなかった。


「あっ」

「どうした?」

「あれ」


 ネフラが指さした方向へ目をやると、通り沿いに広場が見えた。

 広場には風船玉を蹴って駆け回る子供達の姿がある。

 そして、広場の片隅には子供達を見守る大人に紛れてクロードの姿があった。


「何やってんだ、あいつ」


 様子をうかがっていると、子供達が蹴り損ねた風船玉がクロードの足元へと転がっていくのが見えた。

 無視するのかと思いきや、クロードは風船玉を拾って子供達へと投げ返した。


「ありがとー!」


 玉を受け取った子供がクロードに向かって礼を言う。

 その時、クロードは俺が見たことのない穏やかな笑みをたたえていた。


 ……クロードのやつ変わったな。

 いつも近寄りがたい雰囲気を醸し出していたあの男が、この半年で何があったのかずいぶんと人間らしい顔を見せるようになったものだ。


「意外だな。お前、子供が好きだったのか?」


 公園に入って話しかけるや、クロードはすぐに澄ました表情へと戻った。

 今さら取り繕わなくてもいいのに。


「転がってきた玉を持ち主に返した。ただそれだけのことですよ」

「それにしては――」


 俺が言い終える間もなく、クロードはマントをひるがえして広場から去って行ってしまった。


「クロード、どうしたの?」

「柄にもなく恥ずかしがったのかもな」


 俺はクロードの後ろ姿を見送りながら、なぜか口元が緩んでしまった。





 ◇





 夕方になって、ようやく教皇領から迎えの馬車がやってきた。

 四人揃ってアルカンの入り口で待っていると、街道を砂埃を巻き上げながら走ってくる馬車が見えたのだが――


「うおっ。ありゃ凄い」


 ――思わず俺は唸ってしまった。

 街道を走ってきたのは、送迎用の箱馬車キャリッジ二両に加えて、その周りを囲むように走る戦闘用馬車チャリオットが三両。

 これではまるで、侯爵クラスのお出迎えだ。

 アルカンの人々も滅多に見れない馬車をひと目見ようと柵から身を乗り出している。


「お待たせして、申し訳ありません!」


 戦車から降りてきたのは、黄金色に輝く髪と海のような蒼い瞳の青年だ。

 彼は白と黄を基調とした美しい鎧をまとい、腰には白銀の剣を携え、左腕には同じく白銀の盾を備えていた。

 戦車には同じ装いの人物が何人かいるが、彼がリーダーなのだろう。

 その青年は俺と向かい合うなり――


「このたびは教皇庁の失態で〈ジンカイト〉の皆様にご迷惑をおかけしましたこと、謹んでお詫び申し上げます!」


 ――いきなり謝罪を表明し、深々と頭を下げた。

 賊の件は不測の事態だったわけだし、謝られても対応に困る。


「頭を上げてくれ。犠牲者がいなかったんだからお互い良しとしよう」


 実際は貴重な馬が二頭犠牲になっているのだが、この際それには触れまい。

 青年は顔を上げると、勢いよく拳で胸を叩いて敬礼した。


「お気遣いありがとうございます!」


 すごく礼儀正しい青年だな。

 爽やかな笑顔に、キラキラした瞳。

 全身から溢れ出ている――ように感じる――善性マックスのオーラ。


「僕は教皇庁神聖騎士団ホーリーナイツの副団長を務めるヘリオ・ヴェヌスと申します! 以後、お見知りおきを!!」


 この連中が噂に名高い神聖騎士団ホーリーナイツか。

 闇の時代、巡礼の旅を続けるジエル教会の司祭達を魔物から守り抜いたと聞いたことがある。


「だいぶ遅かったですわね」

「すまない! 万全を期して、かえって遅くなってしまった」

「あなたも副団長になったのですから、少しはシャンとしてもらわないと!」

「返す言葉もない」


 フローラがずいぶん親しそうにヘリオに話しかけているな。

 歳も同じくらいのようだし、古い付き合いなのだろうか。 


「襲撃された馬車にきみが同乗していると聞いて、ずいぶん心配したよ」

「あら。それは嬉しいですわね」

「きみがやりすぎないか・・・・・・・を心配したんだ。現に無益な殺生をしたそうじゃないか」

「あれは正当防衛ですわ!」

「仮にも聖職者クレリックが人の命を容易く奪うものじゃないぞ」

「うるさいですわね。いつまでも兄貴面するんじゃありませんわよ!」


 ん?

 今、兄貴って言ったか?


「あの、二人は一体どういう関係……?」

「妹ですわ」「兄です」


 ……ああ。そうか。

 黄金色に輝く髪と海のような蒼い瞳。

 なるほど、そっくりだ。


「サブマスターのジルコさんとお見受けします。入り口に集まっていただいたのに恐縮ですが、教皇領への出発は明日の朝にさせていただきたいのです」

「ああ。もう日が落ちているからな」

「はい。賊の件もありますし、この先の丘陵は夜通るには危険ですので」


 もっともな意見だ。

 夜の走行は危険を伴う上、再び襲撃を受ける可能性もゼロじゃない。

 危険を冒してまで到着を急ぐ必要はない。


「同意するよ。教皇領へは明日出発することにしよう。みんなもいいな?」


 俺の決定にネフラもフローラも素直に頷いた。

 だが、クロードだけは納得のいかない様子。


「それは少々のんびりしすぎでは?」

「なぜだ」

「敵の正体がわからない以上、相手の行動パターンは予測できません。リスクを減らすためにも、可能な限り早く教皇領へたどり着いた方がいい」

「でも暗くなったら街道を進むのも大変だぞ」


 敵の動きが読めないのは嫌だが、それにしたって夜の街道をリスク承知で進む理由にはならない。

 むしろ神聖騎士団ホーリーナイツと合流したことで、敵も襲撃を控えるのではないだろうか。


「ジルコさんの言う通り、万全を期すなら明日の早朝に町を発つべきかと」


 ヘリオが説得を試みるも、クロードは一歩も引かない。


「ジルコもヘリオも敵を甘く見ています」

「敵を……って、賊の黒幕のことか?」

「そうです」

「昨日の会議で、容疑者は絞れないって結論になったじゃないか」

「いいですか。今回わざわざ〈ジンカイト〉を襲った理由について、もうひとつ考えられる理由があるのですよ」


 もうひとつの理由だって?

 あんな少ない情報で、どんな理由が推理できたって言うんだ。


「ヘリオ。教皇領には他に神聖騎士団ホーリーナイツは残っていますか?」

「もちろんです」

「数は?」

「えぇと……アルカンに6名来ているので、今は4名が教皇領に残ってますね」

「普段、教皇領を守っている神聖騎士団ホーリーナイツは何名ですか?」

「10名です」

「ならば今、教皇を守る防衛力は著しく低下していると言えますね」

「え?」


 ……クロードが何を言いたいのかわかってきた。

 俺達の懸念は、そもそも検討違いだったかもしれないと言いたいのだ。

 俺は確認のため、二人の会話に割って入る。


「もしかして賊の本当の狙いは俺達じゃなく――」

「教皇。……その可能性は捨てきれません」


 クロードの言葉に、フローラとヘリオが顔色を変えた。


「ちょっと、それはどういうことですの!?」

「我々が教皇領へ向かう途中、賊に馬車を破壊されました。それが理由で再度迎えの連絡をしたことで護衛に神聖騎士団ホーリーナイツが遣わされましたが――」

「……ましたが?」

「――それこそが賊の狙いだったとしたら」

「どういうことですの?」

「黒幕が教皇を狙っていると仮定するなら、護衛の神聖騎士団ホーリーナイツは邪魔な存在です。その数が減るとなれば賊にとっては好機でしょう」

「……だから、どういうことですの?」

「教皇を狙うやからが、我々を利用して神聖騎士団ホーリーナイツの多くを教皇領から引き離したのです。彼らが一人でも少ない方が目論みは成功しやすい」

「敵の目的は教皇様ということ!?」

「そう言っているでしょう。しかしその場合、高位聖職者ハイクレリックが黒幕の可能性が高い。我々の出発から襲撃されるまでの短い時間に賊を動かすのも、神聖騎士団ホーリーナイツを派遣する決定権があるのも、情報を俯瞰ふかんできる権限を持つ者にしか不可能ですから」


 ……納得させられる推理だな。

 もしも教皇庁の権力抗争(?)が水面下で起こっているとしたら、俺達の来訪を利用しない手はない。

 闇の時代の英雄〈ジンカイト〉の要請とあらば、教皇庁としては馬車も迎えも特別扱いにせざるをえないだろうし。


「ヘリオ、どうする?」


 俺はヘリオに意見を求めた。

 ヘリオは考えあぐねていたが、その背中をフローラが叩いた。


「考えてる場合ではなくてよ!? 万が一にでも教皇様が危険なら、夜道がどうとか気にしていられませんわ!」

「そ、その通りだけど。夜間に箱馬車キャリッジ戦闘用馬車チャリオットで走行するのは危険すぎる!」

「あなた、それでも副団長ですの!?」

「きみに僕の苦労がわかるのか!?」


 ギャーギャー揉め始める金髪の兄妹。

 二人が騒ぎ出したのを見て、戦車で待機している他の騎士達も困惑している。


「問題は私が解決できます――」


 そう言うや、クロードは宝飾杖ジュエルワンドで魔法陣を描き始めた。

 その魔法陣は水平に描かれ、陣の面が空を向いている。

 即興で描かれた魔法陣が顕現すると、空中にボワッと炎の球が現れた。


「――導きの照明ガイダン・トーチ。術者の頭上に帯同する魔法の灯りです。馬車の速度にも問題なくついていけますよ」


 まるで小さな太陽がそこに浮いているかのようだ。

 これなら真っ暗闇でも周囲数十mは昼のように明るく照らされる。


「ヘリオ! これなら夜の道も問題ありませんわ!」

「た、確かに……。すぐに出発しましょう!」


 ヘリオの号令の後、俺達は馬車へと向かった。

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