3-010. 新たな懸念
「改めて聞きましょう――」
心折れた賊へとクロードが問いただす。
「――我々を襲った動機と、そこにいたるまでの経緯を話しなさい」
「俺達は、ドラゴグからエル・ロワに入国した
「あなた達に命令を下したのは何者です?」
「言えない……」
「まだそれを言いますか」
「違うっ! わからないから、言えないんだっ」
賊が意味不明なことを言う。
もしかして脅しが効きすぎて精神的におかしくなっちまってるんじゃ……。
「わからないとは、どういうことです」
「俺達に命令した奴はいる! だけど、それが誰なのかわからないんだよぉ」
「いつ、どこで、命令を受けたかは?」
「わからないんだ! いつの間にか命令だけ覚えていて、今の今までそれに違和感すらなかったんだ! 信じてくれよぉっ」
「……なるほど」
クロードは小さくつぶやくと、賊の顔に触れて焼けた肌と両目を治した。
視力を取り戻した賊は
「おい、クロード! こいつどうしたんだ!?」
俺が問いただしても、クロードは顎に手を当てて黙ったまま答えない。
その襟飾りにある彫像は、今も安定した輝きを放っている。
つまり、賊は嘘偽りを述べていないと言うことだ。
「この連中、おそらく記憶をいじられています」
「記憶を……?」
「記憶操作か、記憶消去か。あるいは洗脳魔法の類か。いずれによるものかは断言できませんが、これ以上の尋問は無意味ですね」
そう言うと、クロードはマントをひるがえして街道へと歩き出した。
「どこ行くんだ」
「ここからそう遠くない距離に町があります。今日はそこで宿を取り、教皇庁に代わりの馬車をよこしてもらいましょう」
切り替えが早い。
だが、こんなところでモタモタしていられないことには同意できる。
意図して〈ジンカイト〉を狙ってきたのなら、第二陣を差し向けられる可能性もあるわけだしな。
それに、俺達に余計な情報を与えないために刺客の記憶まで操作するなんて、手が込み過ぎている。
〈サタディナイト〉だったら、絶対にこんな回りくどい真似はしないだろう。
「ネフラ、フローラ。俺達も行こう」
「うん」
「街道を歩くハメになるなんて、最悪ですわ」
俺はアオの御者、フローラはシロの御者を背負い、クロードの後を追って街道へと向かう。
その間、頭の中では賊の黒幕についての思考が巡り続けた。
誰が? 何のために? なぜ俺達を殺そうと?
新たな懸念が出てきたことに、俺は頭を抱えた。
職業柄、恨みを買うのは理解できる。
襲撃してきた場所が人気のない街道だったのも納得がいく。
だが、なぜ今――教皇領に向かう途中で襲ってきたのか?
王都を出てからまだ半日も経っていない。
その間、俺達の細かい動向を知ることができるのは教会関係者くらいだ。
「……まさか、な」
「なに?」
「いや。なんでもない」
隣を歩くネフラが不安そうに俺を見上げている。
この子も、この襲撃が普通でないことに気づいているのだろう。
心配しなくてもお前のことは必ず俺が守ってやるさ。
俺はネフラの頭を撫でようと手をあげたが――
「子供じゃないってば!」
――そう言って、ネフラは俺の手から逃れるように駆けていった。
◇
太陽が地平線の彼方へと身を隠し始めた頃。
俺達は街道に沿って歩き続けて、アルカンの町へとたどり着いた。
アルカンは毛織物の名産地として知られ、復興の時代において都市部以外で景気を維持する数少ない町のひとつだ。
そのせいで税金は高いのだが、
俺が言うのもなんだが、ジエル教さまさまだ。
拘束していた賊は、町に駐屯している王国兵へと引き渡した。
俺から事情を聞いた兵達は、街道で横行している追い剥ぎの一味だと判断し、尋問のために王都へと連行することを決めた。
哀れ、日銭稼ぎの
余罪もあるだろうし、極刑は免れないだろう。
「領主様と話をつけてきましたわ」
駐屯所の前で待っていると、フローラが軽い足取りで戻ってきた。
「今夜は町一番の宿〈風来亭〉を使うように言われました」
「教皇領には?」
「
今できることは終えたので、これからは自由行動だ。
教皇領から迎えの馬車が来るまで、肩身の狭い思いをせずに済む。
さっそくフローラに宿への案内を頼もう。
「それじゃあ〈風来亭〉に向かうとするか」
「そのくらいご自分でどうぞ。私は医療院に寄って御者の容態を見てきますわ」
フローラは、ぷいっとそっぽを向いて通りを歩いて行ってしまった。
独善的な女だけど、身内には優しいんだよなぁ。
「クロードはどうする?」
次に、俺はクロードへと声をかけた。
彼は通りに立てられた看板を見入っている。
「この町には魔道具店があるようなので、私はそちらへ寄って行きます」
「そうか。俺達は先に宿に行っているよ」
クロードは髪を掻き上げるしぐさを見せると、何も言わずにフローラとは逆の通りを歩き去って行った。
クロードにしろ、フローラにしろ、協調性のない奴らだ。
もっとも、それは今に始まったことではないが……。
〈ジンカイト〉の冒険者は多くが単独行動を好む傾向にある。
単独で
積極的にパーティーを組んだのは、
「ネフラはどうする?」
一応、ネフラにも尋ねてみた。
だが、彼女は写本を読みふけっていて俺の声に気づいていない。
「ネフラ」
「え?」
「教皇領から迎えの馬車が来るまでは自由行動だ。お前はどうする?」
「……ジルコくんと一緒にいる」
ネフラが本に顔をうずめて、もじもじしている。
「宿に行くか。夕食くらい出してくれるだろうし」
「うん」
看板の地図を頼りに、俺は〈風来亭〉のある通りへと向かって歩き出した。
一方のネフラは、読んでいた写本をリュックに収めて、ミスリルカバーの本を抱いて俺の隣に並んだ。
「クロード、ちょっと変わった気がする」
街中を歩きながら、唐突にネフラが言った。
確かに時折クロードらしからぬ態度が見られると俺も思う。
宗旨替えを言い出すし、嫌っていたフローラに頭を下げるし、以前よりも感情的な一面も増えた気がする。
「魔王を倒して半年……。王都での凱旋パレードの後、みんなバラバラになっちまったけど、その間にクロードも何かあったのかもな」
「ジルコくん。クロードのかい――」
俺はとっさにネフラの口を塞いだ。
クロードの解雇通告の件はどうするの、とでも言おうとしたのだろう。
……忘れちゃいないさ。
だが、もしもクロードの精霊魔法で
今はうかつに解雇の件は口にできない。
俺は空いている手の人差し指を自分の唇に当てた。
それを見たネフラは、こくりと頷いた。
「クロードの書いた本が置いてあるかもしれないから、写本屋に寄りたい」
さすがネフラ。
今ので俺の意図を
ちょうど通りの並びに写本屋もあるし、ブラフでなくとも本好きのネフラの息抜きに寄って行くのは良いだろう。
「錬金術の本か? そんな難しい本、いくらネフラでも」
「ううん。料理の本」
「料理? あいつ、そんな本を出しているのか」
「センスを超えるロジカルな料理術、っていう本」
「なにそれ……」
「加熱の時間、温度、食材や香辛料の重量、調理の手順、
「理屈はそうだろうけど。お前、料理できたっけ?」
「アンに探してほしいって頼まれていたから」
その言葉で、アンから誕生日プレゼントを所望されていることを思い出した。
俺からアンにその本をプレゼントしたら……?
ガッカリした後に怒るだろうなぁ。
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