3-007. 街道を行く

 正午の鐘の音が時計塔から聞こえてくる。

 教皇領から迎えの馬車がやってきたのは、ちょうどその時だった。


 王都の外郭に備え付けられた巨大な門の周りでは、慌ただしく動き回る王国兵達の姿が見られた。

 歯車のカラクリが回る音が聞こえるのと同時に、門を塞いでいた鋼鉄製の落とし格子が吊り上げられていく。

 門から現れたのは、白い馬に引かれてくる大型四輪の箱馬車キャリッジだった。

 車輪や窓枠には煌びやかな装飾が施されており、上流階級の貴族や聖職者クレリックが乗るような美麗な造形だ。


「約束の時間から三時間遅れか」

「途中で野盗に襲われたとのことですから、仕方ないですわ」


 御者との伝書鳩のやり取りでわかったことだが、送迎馬車は街道で野盗に襲われたらしい。

 幸い宝石などの金品を奪われただけで犠牲は出なかったようだが、そのことが原因で王都への到着が遅れたのだ。


「お待たせして申し訳ございません。フローラ様、皆様」


 王国兵の検問を終えた御者が、俺達のもとへやってきた。

 御者は二人。つまり馬車も二両ある。


「待ちかねましたわ。少し休んだら出発しますわよ」

「いいえ。すぐに出発させていただきます」

「無理しなくてよろしいのよ」

「ご心配には及びません。途中の農村で、馬と一緒に私どもも代わりの者と交代しますので」

「そう。では、お言葉に甘えさせていただくわ」


 馬車は二両。俺達は四人。

 そこで組み分けをどうするかという話になった。


「私とネフラ、クロードとジルコで分かれましょう」


 当然と言えば当然の組み合わせだ。

 王都から教皇領までは二日ほどかかる。

 その間、狭い客室で男女が一緒にいるのは聖職者クレリックとして認められないのだろう。


「ジルコくん……」


 ネフラが不安そうな顔をして俺に訴えてくる。

 先日の強引な勧誘の件もあって、フローラと馬車で二人きりになるのは気が気でないのだ。

 ……だが、それは俺も同じだ。


「ネフラ。また後でな」


 すまないネフラ。助け船は出してやれない。

 なんとか堪えてくれ……!

 ネフラは半ば強引にフローラに引っ張られ、手前の馬車へと乗り込んだ。


「俺達も乗ろう」


 クロードに声をかけて、俺はもう一両の馬車へと向かった。

 ネフラ達の乗る馬車と同じく、客車には白い馬が繋がれている。

 あちらが白いたてがみなのに対して、こちらは青みがかったたてがみをしている。

 とりあえず、あちらがシロ。こちらがアオ。とでも覚えておくか。


「足元にお気を付けください」


 アオの御者が客室の扉を開き、中へ入るように促した。

 俺は誘導に従って客室へと乗り込み、クロードも後に続く。


「それでは、出発いたします」


 俺達が腰掛けに座ると、御者は扉を閉めて客車の前方に備え付けられている御者台へと回った。

 御者台は客車からも窓を挟んで見える構造になっている。

 俺が何気なしに御者を目で追っていると、鳥かごを開いて一羽の鳩を飛ばす様子が見られた。

 教皇領へ出発したことを伝えるための合図か。

 その後、前方で走り出したシロの馬車に続いて、アオの馬車も動き始めた。

 さすがお偉いさんの馬車はよく出来ている。

 それなりの速度で走っているにもかかわらず、客車の揺れが少ない。


「しかし豪華な馬車だよな」


 俺は窓ガラスの外に流れる景色よりも、客室の内装を見入っていた。

 天井に固定されているランプ。

 凹凸のない平たい机。

 それに備え付けられた瓶に入っている、色とりどりの飴玉(?)。

 腰掛けのクッションのふわふわとした弾力。

 全方位にあるものが生活感の違いを実感させる。

 特に腰掛けなど、執務室にある硬い椅子とは大違いだ。


「俺みたいな平民を迎えに来るにしては、派手過ぎだな」

「我々に対して、向こうも礼儀を尽くしているだけですよ」


 クロードは肘掛けに頬杖をつきながら、窓の外を眺めている。

 あからさまに退屈そうな顔だ。


「……」

「……」


 ……沈黙が気まずいので、適当に何かしゃべるか。


「見たか? 青いたてがみの馬車馬なんて珍しいよな」

「一頭で四輪馬車キャリッジも引っ張るパワフルな走りで、悪路もバランスよく走行できることが特徴のアムアシアン・ブルー・ホースです。アムアシア東部では珍しくない品種ですよ」

「……あそう」


 ネフラと違って、クロードは切り返しが鋭く感じる。

 語尾に、何で知らないの? って言葉が省略されていそうなんだよな。


「……」

「……」


 空気が重いなっ!

 途中いくつか町に寄ることになるとは言え、教皇領へ着くまでの二日間ずっとクロードと向かい合うハメになるかと思うとゲンナリする。

 何か共通で盛り上がれる話題はないものか。


「お前、ヴァ―チュに親交のある貴族がいたよな。訪問する時はこんな豪華な馬車で送迎されてたのか?」

「きみ、豪華豪華と言いますけどね――」


 クロードが窓の外に向けていた視線を俺へと移した。

 なんだか不機嫌な顔になっている。


「――地位のある者は馬車の質を競い合うものです。上流階級において、豪華さこれは普通のことなのですよ」

「これが普通だなんて、お偉いさんはよほど金が有り余っているのかね」

「お金は持つ者のところに引き寄せられるものですから」

「貴族も聖職者クレリックも。ついでに商人も。平民から富を吸い上げているんだ。少しは下に還元してもらいたいもんだぜ」

「〈ジンカイト〉の冒険者がそれを言いますか」

「一般的な平民の話だよ。王都の外じゃ金がなくて苦しんでる人が大勢いるのは知ってるだろう」

「きみ、お金のことになると文句ばかりですね」


 そう言って、クロードは窓の外へと視線を戻した。

 会話が発展しやしない。


「……」

「……」


 ……さて、寝るか。





 ◇





 王都を出発して一時間ほど経っただろうか。

 寝ようにも寝付けなかったので、俺はミスリル銃の手入れをすることにした。

 携帯リュックから手入れ道具を取り出し、机の上に置く。

 ホルスターから抜き取ったミスリル銃も同様に。


 ミスリル銃こいつの外装はミスリル製なので傷つきもしないし錆びもしないが、銃口と装填口はまた別だ。

 銃口には、射出した宝石の輝きエーテル残りカス・・・・が付着することがあるため、こまめにそれを落としておかなければならない。

 凹凸ができて射角がズレることもあるためだ。

 一方、装填口は念入りに手入れが必要だ。

 ミスリル銃の特徴として、内部のカラクリが――原理は理解できないが――装填口にセットした宝石に圧力を掛けて、凝縮されたエーテルを射出する。

 その際、エーテルを消耗し尽くした宝石は砕け散ってしまうが、残骸は綺麗に取り除いておく必要がある。

 万が一、機関部を詰まらせるようなことがあれば作動不良に陥ってしまう。


 銃の手入れがおおよそ終盤に差し掛かった頃。

 俺がちょうど引き金に油を差している時、クロードが急に口を開いた。


「……その匂い、オリーブオイルですか?」

「え? ああ、そうだけど」

「以前に私が精製した潤滑油はどうしたのですか」

「クロードオイルか。あれは全部使っちまったよ」


 ミスリル銃の製作には、錬金術師アルケミストであるクロードの助力を受けていた。

 何せ銃の部品をミスリル製でまかなったり、ダイヤモンドを鏡に加工したり、銃生産国のドラゴグでも不可能な技術をいくつも投入しているのだ。

 クロードの協力がなければ、ミスリル銃が雷管式ライフル銃ファイアジャベリンよりもコンパクトな形に収まることはなかっただろう。

 その過程で、潤滑油も作ってもらっていたのだ。


「その名称で呼ぶのはやめてください」

「クロードオリジナルの油だから、間違っていないと思うけど」

「……それはもうよろしい。私が作らずとも、商人ギルド経由でドラゴグから潤滑油を取り寄せられるでしょう」

「いやぁ……それは……金がかかるもんだから」

「天下の〈ジンカイト〉が倹約などしてどうするのですか」


 冒険者お前らが金食い虫になっているおかげで、昔のようになんでもかんでも仕入れることはできないんだよ!

 ……とは言えない。


「お前がまた作ってくれよ。材料くらいは倉庫に残っているだろうから」

「私の錬金術は安くありませんよ」

「金を取るのか……」


 こりゃ新しいクロードオイルを作ってもらうのは無理そうだ。

 臭いもなく、少量で長期間効果が持続するので重宝していたが……。


「仕方ない。ミスリル銃は当面オリーブオイルで手入れだな」

「きみ、ミスリル銃それを名前で呼んでいないのですか?」

「名前?」

「せっかくブラドが命名した名前です。それを託されたきみは、名前で呼んであげるべきですよ」


 思いもよらない指摘を受けた。

 俺は手にしたミスリル銃を見下ろしながら苦笑する。


ミスリル銃こいつを、ざ、ザイングリッツァーと呼べと……?」

「ええ」

「いやぁ……しかし、なぁ」

「人にも武器にも魔法にも、この世のすべての事象には名前がある。そして、名前があるゆえに力が宿る。名前無きものはこの世にあらず、と言いますから」


 ただの道具を大仰な名前で呼ぶのは、俺には抵抗があった。

 だが、クロードの言うことにも一理あるかもしれない。

 クリスタが自分の名前や魔法の名前にこだわっているのも同じことなのだろう。


「……わかった。今後は名前で呼ぶように努める」


 俺の言葉にクロードは黙って口元を緩めると、再び窓の外へ向き直った。

 こういう会話、なんだか懐かしい感じだ。

 クロードがギルドに加わって間もない頃は、俺の知らないことを色々と教えてもらっていた。

 俺には年上の兄弟がいなかったから、もしいたらこんな――


「!?」


 その時、思考が途切れるほどの衝撃が客車を襲い、嫌な浮遊感を覚えた直後、俺は天井に顔面を叩きつけられた。

 突然の事態に混乱するものの、ひとつだけ確かなことがあった。

 何者か・・・からの攻撃を受けたのだ。

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