俺らは今日も地の底で
井田いづ
第1話 勇者の場合
異世界転移。
昨今の異世界系小説を読み漁る読者諸君であれば一度は夢見るであろうこのシチュエーション。死か、はたまた眠りか、それによって強制的に異世界に送られ、過剰な加護、能力、使命を与えられた勇者として魔王討伐の旅に出る──とまあ、大方はそんな具合で。
俺は勇者として異世界転移してきた。
俺の過去はどうでも良いだろうから今は割愛するとして、問題は転移先だった。
御多分に漏れずこの世界には魔王がいて、そこから人間の世界を救うのが俺の使命らしいと、神を名乗る存在に説明されたのは覚えている。神の都合に人間が振り回される──これはよくある話だ。
しかし、それならば何故ウンヌン王国の神殿だとか、カンヌン帝国の宮殿だとかに転移させなかったのか。はたまた普遍的な街中でだって良いし、農村だとか、要は出だしくらいは何故安心安全な場所に転移させてくれなかったのだろうか!
悲しいかな、俺が転移させられたのは岩だらけの洞窟の奥底──
とんだ災難である。
「……いやこれ、世界救う前に俺が大自然に
思わずそう口走ったのも無理はあるまい。
そもそもこの
勇者の役割を果たす前にジ・エンド……そんな悲しい結末さえ有り得そうな状況なのである。
転移の際に神々から与えられたものは、(ここからの脱出以外は)大体なんでもできる
最初のうちは転移先の
それに、地下深くでいつまでも閉じこもっていても仕方がないので(長居するならせめてもう少し景観のいい場所がいい)、とりあえず上を目指すことにしたのだ。
下に降りる手段もあるようだが、向かうなら上の方がいい。と、言うのも……
「ユイシス、そろそろ休もうか」
旅の仲間が此方を振り返った。
あれは──何日前か忘れたが──俺が延々と孤独に
地面の穴から這い出してきた時は新手の
男の俺も驚くくらいの美丈夫で、決して背が低い方ではなかった俺を悠々と見下ろす長身を誇る彼は、なんと物心ついた時からこの
「マイア」
それがこの男の名前だ。
「そうだな、まずは飯にしようぜ。腹ペコだ」
「お前はよく食べるからな。少し待っていろ」
「頼む」
俺は背中の大剣を下ろすと、どかっとその場に座り込んだ。
さて、眉目秀麗なマイアは、なんとも不公平なことに料理の腕も大変ウマイ。この得体の知れない
「今日はそうだな、干し肉を使おう」
──アレはなんの肉だろう。
「拾ってきた骨と花も使うか……」
──骨、どこから採ってきたんだろう。
「あとは肉が少ないから、魚だな」
「魚いんの⁈」
「魚くらいいるだろ」
「地下迷宮にか⁈」
「あー、幾つか下の階層……お前と会うひとつ前だったかな。そこが湖だったんだよ。まだ数階層しか登ってないしな、降りるか?」
「戻・り・た・く・ね・え」
俺は強く否定しておいた。この男、自分が地中深くにいる自覚がないんじゃないのか。地底人だからそれが普通なのか。俺にはわからない。
それにしてもこの
「最下層は神殿だったし、擬似的な空もあるし、湖もあるし、森もある。そういやお前と会ってからは岩岩しいところばっかだな」
ははっと笑う姿は小憎たらしい。
「上の階は水の音がするからな。上に行けば海も見れるかも知れないぞ」
「……上の階層の音が人間の耳に聴こえるわけねえだろ」
「……おう、そうだな! 確かに聞こえないがそんな気がする、そう僕は言ってみただけだ!」
こいつはたまに
少し経って湯気を立てて出来上がったのは三品。主食はないが、それはこれからの階層に生えてることを期待するしかない。
「……メニューは?」
いつもなら聞かないが、今日は好奇心で聞いてみる。もしかしたらマトモなモノかも……なんて思わなくもなかったので。往々にして期待というものは裏切られる傾向にある。
「
「……待て、マイア。墓守食うの?」
「割と美味い」
「食ったのかよ!」
墓守というのはこの
墓守たちは様々な姿を持つ。人間のようであったり、動物のようであったり、植物のようであったり。そうかと思えば目玉が縦に六つ並んでいたり、口が十字に裂けていたり、腕が身体中から生えていたり……とまあ、見た目は極めて不気味極まりないのだが。
「そいつを食うのか……」
「何回も食ってるじゃねえか」
「マジか、アンタ俺に何を盛ってんだ……」
「食事に関しては一任したのはお前だろ。お前が気にするから人型のはつかってねえし、毒もない。お得意の
「毒の有無っていうかだな、これは心の問題なんだよ……」
マイアは特段奴等の姿には動じない。普通に街ゆく人や、売られる野菜や、或いは可愛い動物を見るような目であの異形の墓守たちを見ている。肝が座っているのかなんなのか……。
大変悔しいことに、味はいつもながら美味しかった。獣臭さのない干し肉は茹で戻されて柔らかくなり、肉と苔の塩味が効いていてスープは空腹に染み渡る。地底魚もギョッとする見た目さえなければ、臭みも上手く処理された美味しいものだし、デザートのよくわからない果実も瑞々しい中にしっかりとした食感があって美味しかった。
「悔しい……
「地上に上がるまでは
「ええん、なんたって俺らは野郎二人で地の底を這い回ってンだよう」
「泣くな、ばか」
「ばかはマイアだ」
「なんでだよ」
泣き言を言ってはいるが、こうしてわいわい二人で言い合うのも悪くはない日課だった。
+++
さて、食後の満腹感でウッカリ忘れかけているが此処は
「ユイシス、あいつら出たぞー」
──俺たちの命を狙うような墓守共が時間を問わず出るわ出るわ、そんな空間なのである。
僕は皿でも洗っとくから──そんなあんまりな事を言うが、別にマイアが非道なわけではなく、戦闘に人を割く必要がないからだ。墓守が群れで来ても、大体はどちらか一人で片付いてしまう。勇者の俺と、地底人(?)マイアが同じ戦闘力と言うのも中々苦い話ではあるが……、余程の相手ではない限り、片方が片づけをして片方が墓守の相手をする。そう言う風に決めていた。
なのでマイアは振り向きもせずに広げた荷物を片付け、使えそうな草は引っこ抜き。まるで此方に興味の欠片も向けない。
俺は大剣を構えると、飛来する墓守──今回は
魔力を通さない大剣は、聖剣らしからぬ地味さが魅力的だ。それを右に左に振り回し、叩きつけては斬っていく。手こずる相手ではないが──それにしても数が多い。非常に手間がかかる。
ちら、と振り返るがマイアはやはり背を向けていた。信頼してくれてるのだろうが、敵がいて振り返らない、それはそれでどうなのかと思うが……。
マイアが見ていないのならと、光の魔法──聖なる力を剣に宿す。墓守は光に弱いのは経験から知っていた。普通に叩くよりもずっと効率が良い。
そう言えば、下の階層で覚えた新しい技でも試すかと力を込めて────。
「
──あ。
大剣が白光を纏い、眩く輝き──しまったと俺は思ったが遅すぎた──振り抜いた斬撃に乗って幾多もの光の輪が奔る。
遅れて、爆音。
しかしこの
「……」
仰々しく技を叫んでおいてなんだが、背中に痛い視線を感じた。俺の正体は、マイアにも秘密にしていたのである。
それなのに派手にやってしまった。これには流石のマイアも驚くかな──と思ったら。
「ユイシス、お前……」
いや、ドン引きだった。片付けは既に済んで、半目で此方を見る。やめろ、そんな目で見るな。
「お前、まさか……それ聖剣マルグリ」
「気のせいだ! 気のせい! そんなわけねえだろう!」
「いや、今のは聖剣じゃ」
「聖剣のオマージュだ! そういうのに憧れる年頃! 今のは爆発魔法を剣筋に合わせて発動させただけだ!」
「お、おう、そうか、お前は派手なのが好きだもんな……」
ゴリ押しで、どうにか誤魔化せた。
地底生まれ・地底育ちのマイアは何処か感覚がズレている。納得していなさそうな顔をしながら、それでもその場は誤魔化されてくれるのだ。優しさとして受け止めておこう。
「それはさておき、いつも謎なんだが……何故お前はいちいち技名を叫ぶんだ? ホーリーだのセイクリッドだのよくわからん単語だし」
「えっ、そういうもんじゃねえの?」
勇者って! ……え? 違う?
マイアには今後も俺の正体は言うつもりはない。こんなトンデモ空間で苦楽を共にする友だからこそ──親友だからこそ、絶対バレたくない。
勇者だとバレて、妙に距離を置かれでもしたら堪らないのだ。
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