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 ついに僕の力を試す時が来た。意思疎通の力を使ってスライムを説得して、この場から去っていってもらおう。それならお互いに傷付かずに戦闘を終わらせることが出来る。


 もちろん、力の発動までに攻撃されちゃう可能性はある。ただ、スライムは動きが遅いから僕のところへ辿り着く前にそれが間に合うかもしれない。だとすると、力を試すには好都合な相手なのかも。



 ――うん、不安はあるけどきっと大丈夫。あの巨大な岩のモンスターにさえ僕の力は通じたんだから。



「…………」


 僕は深呼吸をして心を研ぎ澄ませると、スライムの方へ意識を集中して念じ始めた。


『戦うのはやめよう。僕は敵じゃない。だから襲わないで』



 清らかで偽りのない気持ち――。


 親しみと慈しみと無垢な想いをスライムに伝え続ける。


 すると温かさと穏やかさが胸の中に満ちていって、まるで柔らかな雲のベッドの上でお日様の匂いに包まれているかのような感じがしてくる。僕自身もすごく心地良さい。



 その直後――



 目の前にはいつの間にかスライムが迫っていた。意識を力の行使に集中させていたせいか、接近の度合いに気付かなかったらしい。


 スライムは体をゴムのように伸縮させ、僕に向かって瞬時に飛びかかってくる。地面を這う時とは比べものにならない速さだ。当然、僕は避けきれない。


 ハッとした時には粘液のような体の先端が眼前に迫り、あっという間に視界の全体が若草色に染まる。


「んぐっ! んっ! んーっっっっっっ!」


 僕はスライムに顔全体を覆われてしまった。引きはがそうとしても油みたいにヌルヌルとしたスライムの体が滑ってしまい、掴むことが出来ない。その体は手のひらや指の間からすり抜け、すぐに元の状態に戻ってしまう。まさに液体そのもの。



 くっ、苦しいッ! 呼吸が……出来ないっ!



 まるで滝壺にでも落ちたみたい。藻掻いても藻掻いても事態は変わらず、息を吸い込もうとしてもスライムが僕の口も鼻も塞いでいて空気が肺に入ってこない。早くスライムを顔から引きはがさないと、僕は窒息死してしまう。


 焦る! 必死になってスライムを掴もうとするけど、何度やってもそれが出来ない!



 う……ぐ……力が抜けて……視界も揺らいで……。



「惜しいな。判断が少し遅れたようだな。何かをしようとするなら、相応の距離を取ってから試みるべきだった。スライムは弱いモンスターとして知られているが、密着されたら危険なヤツだ。今のアレスは身をもってそれを理解していることだろう。この状態になったら火系などの攻撃魔法で排除するしか助かる手立てはない。あるいは仲間の力を借りるか――」


 ミューリエの落胆したような声が歪んで聞こえてくる。半透明なスライムの体を通した向こう側に、悲しげな顔をした彼女の姿がわずかに見える。



 う……ぁ……それよりも……早く助けてよ……。



 すがるような瞳で彼女を見つめるけど、直後に絶望の底へ突き落とされるような言葉が聞こえてくる。


「私はアレスから手を出すなと言われているからな。明確に助けを求められない限り、何もしない。残念だが、そういう約束だ」


「……っ…………っ…………」


「もはや反応も出来ないほどの虫の息か……。まぁ、これも運命。お前の体は融かされ消化され、スライムの血肉となることだろう」



 ――次の瞬間、僕の意識は完全に闇の中へと堕ちた。



 BAD END 6-2

 

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