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どんな状況であろうと、今の僕が頼れるのは意思疎通の能力だけ。それはこの試練が始まった時から意識していることじゃないか。
ダメで元々。力が発動するまで念じ続けてみせる。攻撃も限界まで耐え抜いてみせる。
僕は気力を振り絞って立ち上がると、おぼつかない足取りで少し前へ出た。そして深呼吸をして再び心を落ち着け、鎧の騎士に向かって念じ始める。
『お願いだ、戦うのをやめてくれ。僕は敵じゃない』
心が静かだ……。無駄な力が抜けたからだろうか……。
さっきと比べて意識が集中できている。少しは手応えもあるように感じる。周囲の空気が凛として涼やかで、体が癒されていくような感覚がわずかだけどある。これを続ければきっといつかは力が最大限に発動しそうな気がする。
顔を上げれば、鎧の騎士が僕に向かって真っ直ぐに迫ってくる。でも力が発動しそうなのに、まだ充分な手応えがない。圧倒的に時間が足りない。次の攻撃にも耐えて念じ続けられる自信はない。
程なく僕の眼前に鎧の騎士が佇んだ。腕を振り上げ、僕に攻撃を仕掛けようとしている。ダメだ、力の発動が間に合わない……。
頭上から勢いよく振り下ろされる巨大な拳。大ダメージによる戦闘不能を覚悟し、僕は強く目を瞑って体を硬直させる。
「やぁあああああああぁーっ!」
直後のことだった。全てを弾き飛ばすような重い掛け声が耳元から響いたかと思うと、金属同士の激しい衝撃音が大広間内にこだました。
そして巨体が倒れ込む音と振動――。
目を開けると、そこには剣を持って構えるミューリエの姿があった。僕を庇うように鎧の騎士との間に立ち、その背中が見えている。
一方、鎧の騎士は腕が胴体部分から切り離され、床へ仰向けに倒れ込んでいる。
「……アレス、無理をするな。倒すのが難しいと感じたなら、降参して出直せば良いだろう」
「あ……うん……そうだよね……」
ミューリエは半ば呆れたような、でも僕を心配して叱ってくれているような口調だった。
どうやら僕はミューリエの剣によって助けられたらしい。当然、助けを借りる形になってしまったから試練は失敗ということになるけど、それは仕方がない。
むしろ瀕死の重傷を負って、怪我が回復するまで時間がかかるよりはマシだったかも。
「アレスにはもうしばらく修行が必要のようだな。これからは少しずつ剣の扱い方を教えてやる。この試練に再挑戦をするのはそのあとだ。良いな?」
「うん。よろしくね、ミューリエ」
こうして僕は今回の試練を中断し、タックさんもそれを了承してくれた。
やっぱり今の僕には何もかもが不足している。基礎体力、魔法力、剣の扱い方、戦いの経験――。
だけど今後はミューリエからたくさんのことを死に物狂いで学んで、いつか必ずタックさんの試練を乗り越えてみせる。
もしかしたらこの瞬間、僕は本当の意味で『勇者』への第一歩を踏み出したのかもしれない。
NORMAL END 6-2
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