冬空に咲く花

 そう――三ケ田さんは感情の起伏によって猫耳や猫尻尾が出現する能力、らしい。

「え!? 嘘!?」

 ミィコに指摘され、頭にある猫耳をさっと手で隠しつつも、その驚きを隠せない三ケ田さん。 そんな三ケ田さんには猫耳と一緒に猫尻尾も出現していた。

「六花ちゃん可愛い~! ミケちゃんって呼んであげるね~。ミケちゃん、にゃ~、にゃ~」

 雪音さんが三ケ田さんをからかうと、ついには三ケ田さんの手までもが肉球のある猫の手に変化した。

 肉球のある猫の手になった三ケ田さんをキラキラした目で見つめるミィコ。


 しかし――

「雪音さん、もうやめてあげてください!」

 三ケ田さんをからかう雪音さんに、なぜか藍里が止めに入った。

「あ、藍ちゃん……ありがとう」

 藍里にしては珍しい。そして、三ケ田さんは藍里のことを藍ちゃんと呼んでいる。

 この二人、初対面ではないのだろうか?

「ごめん、ごめん、三ケ田さんの能力があまりにも可愛いから、つい、ね」

 雪音さんは謝ってはいるものの、悪びれている様子はない。まあ、確かに、三ケ田さんが可愛いのは僕も同意する。

「に、肉球……」

 ミィコは肉球にメロメロのようだ。


「ところで、三ケ田さんと藍里って、知り合いだったりするんですか? なんだか二人を見ていると、まるで他人ではないような、そんな感じが――」

「さとりくん、残念ながら私たちは初対面です。でも、私の記憶に深く刻み込まれている三ケ田さんは……私の知っている三ケ田さんは、ずっと、心の中で、生きています」

「え、藍里、何その意味ありげな発言は――」

 僕は、藍里の意味深な発言につい口を挟んでしまった。

「藍ちゃん、心の中で私を亡き者にしないで!」

 さすがの三ケ田さんも慌てていた。

「あ、ごめんなさい! そういう意味じゃないんです!」

「うん、分かっている。私も、藍ちゃんのことは昔から知っているような気がするのだ。こうして話すのは今回が初めてだというのに……それに、藍ちゃんとは夢でたびたび遭遇するもの……」

 僕は、藍里のなんだか意味ありげな発言が気になってしまう。ループする世界の中で、僕らは何度も出会い、そして、再構築されてきた。深層心理に刻み込まれた絆は確かに存在する。そんな気がする――のだが、三ケ田さんも気づいていないだけで、僕と同じようにはっきりとしたメメント・デブリが残っている可能性も?

 だが、藍里のメメント・デブリはそんな曖昧で抽象的なものではなく、もっと明確で鮮明な記憶として残っているような気がする。藍里が、愛唯のことを僕に聞いてきたとき、それを少し疑問に思っていたのだが、今回、三ケ田さんに対する藍里の発言を聞いて僕は確信した。

――僕の断片的なメメント・デブリとは比べ物にならないほど、藍里はループ前の世界の記憶を保持している。

おそらく、藍里はメメント・デブリに導かれるようにして行動していることもあるだろう。

そんな時は、僕も藍里を信じて行動していれば間違いないはずだ。だが、以前のループでこの答えを導き出していたはず……なのに、ループを阻止することができていない。僕たちは、まだ何かを見落としている?


 突然、雪音さんが手を“パンッ”と叩いた――

「はい、は~い、雪音さんに注目!」

 僕が物思いにふけっていると、雪音さんが何かを閃いたかのように、『みんなこっち見て!』アピールをしてきた。

「なんですか、ユキネ、急に……」

「よくぞ聞いてくれました、ミィコ! 実は、雪音お姉さん、分かっちゃった!」

「ふむ、分かったとは? 雪音、詳しく聞かせてくれ」

 僕と藍里は雪音さんの方を見ているものの、無言だった。なぜだろう、藍里がなんだか険しい顔をしている。

「いい? 私たち、ループしている世界の記憶は、メメント・デブリとして残っているものだと思っていたよね? でも、実は、メメント・デブリが記憶に直接影響しているのではなくて、思考や行動にその影響がでているとしたら? 私たちは、ループ前の私たちの行動をなぞって行動しているとしたら? 実はね、私、気付いちゃったんだ。 メメント・デブリを記憶として保持することができる人と、そうでない人の違いに」

「ちょっとまて、ループだの、メメント・デブリだの、何の話だ?」

 そうか、三ケ田さんはまだ海風博士と話をしていないのか。というか、海風博士はちゃんと研究所に戻ったのだろうか? ちょっと、三ケ田さんに聞いてみよう。

「あの、三ケ田さん、海風博士から聞いてないんですか? 研究所に戻られていたと思いますけど」

「うん? あ、ああ、私が異能超人対策課の本部に戻った時に、布津さんから、海風博士が研究所に戻ったとの報告を受けただけだ」

「なるほど、そうだったんですね」

 三ケ田さんが海風博士と直接接触できたわけではないらしい。

「とにかく、私にも海風博士との会話内容を教えてくれないか? 当然、上には報告しないし、君たちの安全も保障する。約束だ、信じてほしい」

 僕は雪音さんをチラッと見た。

「三ケ田 六花、三ケ田財閥の令嬢にして、幼い頃から英才教育を受け、書道、茶道、剣道、弓道といった日本の伝統文化までも叩き込まれてきた文武両道才色兼備な秀才。私の情報網によれば、相当な堅物で真面目な上に完璧主義。それゆえに、小さな不正も見逃すことが出来ないと。キャリア官僚……若くして幹部候補となったが、周りから親の七光りと言われないよう、貴女は他者に対して常に気丈に振る舞い続けた。その結果、周りから煙たがられ、異能超人対策課設立にあたり、政府と警察のパイプ役として抜擢された、が……実質は左遷。強がっているけれど、六花……貴女、政府で働いていた頃も、異能超人対策課の所属になってからも、ずっと孤立しているのよね」

 雪音さんはいつの間に、三ケ田さんの情報をこれだけ仕入れていたんだろう?

「雪音、何が言いたい!?」

 さすがの三ケ田さんも困惑している。

「そうね、六花、私たちと同盟を組まない? こちらの情報を渡す代わりに、政府の機密情報を私たちに流してもらえないかしら?」

「ば、バカなことを言うな! 秘密保持契約によって、そんなことをしたら私は重罪犯だぞ!」

「それなら、法律の及ばない世界で話せばいいじゃない? 異世界で、とか?」

「な、なにを意味の分からないことを……もっと現実的な話を――」

「ちょっと、向こうの世界に行って、六花と話をしてくるね――幾何学的楽園ジオメトリック・エデン

 そう言って、雪音さんは三ケ田さんの手を握った。

「いきなり何をする!? っ……」

 三ケ田さんの意識が飛んだ。彼女は向こうの世界で初回ログインの苦痛を味わっているころだろう。

 しかし、メメント・デブリを記憶として保持できる人物と、そうでない人物の違いってなんだろう?


 ――雪音さんと三ケ田さんは幾何学的楽園ジオメトリック・エデンへとコネクトしていった。

 話が長くなりそうなときにジオメトリック・エデンに入れば、時間を効率的に使える……なんと便利な世界なのだろう。ただ、幾何学的楽園ジオメトリック・エデン内での精神的疲労は半端じゃない。僕は遠慮したい。

 それにしても、同盟を締結させる……と言えば聞こえはいいが、要するに雪音さんが生真面目な三ケ田さんからの機密情報の漏洩を誘導しているのだ。三ケ田さん側のメリットが少ないのは言うまでもない。

 そして、小さな不正も許さぬ三ケ田さんを悪の道に染めていく、そんな雪音さんのやり方はある意味残酷ともいえる。

 たとえ、それがグレーゾーンであったとしても、だ。

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