旅の終わりに

 ――それぞれ、なんだか複雑な心境の中で沈黙が続いていた。

『さ、私たちも首都から現実世界に戻りましょう! さとりくんをそのままの姿にしておくわけにもいきませんし!』

 藍里の言うとおりだ。そう、僕は思念体のままなのだ。

『そうですね、そんな姿のサトリに【二人を信じている】とか言われても滑稽なだけなので』

『そ、そうですね……でも、ミィコは僕の姿が見えている?』

『なんとなくぼんやりとですけど、ね』

『私もぼんやりとした影のようなさとりくんが見えています!』

 二人には僕の姿がぼんやりとした影のような感じで見えているらしい。

『サトリの光る能力によって、死してなお淡い光を放ち、それがぼんやりと見えているのかもしれません』

『僕は海月くらげか!?』

『さとりくんが海月くらげなら、そのうち消えてなくなっちゃいますね!』

『サトリ、消えるのですか?』

『消えませんから……多分!』


 ――僕らはくだらない雑談をしながら、船頭の待つ海蝕洞を目指した。

 ミィコの能力によって密林の大半が消滅し、あたり一面クレーター化していたので、海蝕洞までの道のりでモンスターに遭遇することはなかった。これ程の破壊力を持つ能力、現実世界でミィコを怒らせでもしたら――僕はそれ以上考えないことにした。


 あれだけの衝撃の中、海蝕洞へと続く洞窟は、最初に通った時と同じ状態のまま残っていた。ここが崩落しなくて本当によかった……。

 海蝕洞に続く階段を下り、待っていてくれた船頭にミィコが挨拶をしてから、僕らはボートに乗り込んだ。船頭はぼんやりと光る思念体になった僕の存在に気付いてはいるものの、そのことについて触れる様子はなかった。見て見ぬふりをしてくれているのだろうか。

 船頭は来た道を引き返し、あっという間に海蝕洞を抜けて海岸へと出た。


 思念体の僕にとって、昼夜の明暗というのはとても曖昧なものになっている。洞窟内部でもそうだったのだが、真っ暗闇でも周りの状況がぼんやりと見えている。かといって、昼間ははっきり見えているかと言われると、そうでもない。なんとも不思議な感覚だ。

 そんな僕にでも、陽が沈み始めているのが分かる。黄昏の空に浮かぶ黄金色の雲、その合間から光芒がさす、そんな神秘的な光景が広がっている――ような気がする。

 航海を終えて、僕たちが港町に到着する頃には、この空も綺麗な夜空となっているだろう。


 帆船に僕らが乗り込むのを確認した船員たちは一斉に航行の準備に取り掛かり、帆が張られて船は動き出した。

 思念体となった僕は時々、意識が途切れそうな感覚に陥る。そのまま途切れ行く意識に身をゆだねてしまえば、現実世界に戻されるのだろう。僕は、藍里とミィコと共に、首都から現実世界に戻る、そう自分に言い聞かせ、なんとか意識を保つ努力をした。

 この世界とのシンクロ率というのが低下しているのだろうか、意識が飛び飛びになる。時々、心配そうに藍里とミィコが僕を見つめている。


 ――帆船が港の近くで停泊し、船員がボートを降ろし始めている。僕はそれを見て乗り遅れないように真っ先に乗り込んだ。藍里とミィコも甲板からボートに続く縄梯子を下り始めている。

 次の瞬間、僕らを乗せたボートはメーメニアの船着き場まで移動していた。これは間違いない、急いで蘇生を受けないと思念体がロストする! それか、単純に現実世界に引き戻される! どちらにしろ、このままではまずい!

 僕は二人に何も言わず、急いでメーメニアの教会へと向かった。


 教会に入り、聖職者に僕が近づくと、彼は何も言わずにすぐさま蘇生術を施してくれる。淡い光を放っていたおかげなのだろうか、すぐに僕の存在に気付いてくれた。

 それにしても、この世界の聖職者は無償で蘇生してくれる。まったく、なんてサービス精神旺盛な世界なのだろう! 本当に善良な人々ばかりで涙が出る。


 教会を出ると、藍里とミィコの二人が教会の外で待っていてくれた。

「さとりくん、いきなりいなくなっちゃダメです」

 藍里は、相変わらず僕のことを心配してくれている。

「サトリ、疲れていますよね。宿を取って今日はもう休みましょう」

 なんだかミィコも優しい。

「うん、二人とも、ありがとう」


 宿屋に着くと、クタクタだった僕はカウンター横にある長椅子に座り込んだ。藍里も横にちょこんと座り、僕のことを心配そうに見ている。

 部屋を借りてくれたミィコがぐったりして座っている僕を見下ろす感じで見ている――

 軽蔑の眼差しか!? と、思ったのだが、珍しく心配そうにしているようだ。

「さあ、サトリ、部屋まで行きますよ。部屋は別々に取ってあるので、今日はゆっくり休んでください」

 そう言ってミィコは僕に肩を貸してくれた。もう片方を藍里が支えてくれる。これは、これは、至れり尽くせりですね。


 二人は僕を支えて部屋まで連れてきてくれた。

「二人とも、ありがとう」

 僕は部屋の入り口で二人にお礼を言った。

「さとりくん、ゆっくり、休んでくださいね。今日は本当にお疲れ様でした」

「サトリ、本当にここでいいのですか? 眠るまで子守唄くらい歌ってあげてもいいのですよ」

「それは大変ありがたいけど、今日は遠慮しておきます。またの機会に……」

 僕はミィコに丁寧なお断りをした。

「そうですか、それは残念です」

「それじゃあ、さとりくん、また、明日!」

「サトリ、また明日」


 ――寝床で横になった僕に強烈な睡魔が襲ってくる。また、現実世界に戻ってしまうのだろうか。それにしても、この世界で僕の精神力はだいぶ鍛え上げられた気がする。いい意味でも、悪い意味でも。

 できれば、現実世界には、3人一緒に首都から戻りたいな。僕だけ、先に帰ってしまうなんて……それだけは……避けたい……な。


 ――ジオメトリック・エデン、6日目。


 ドンドンという、扉をたたく音で僕は目が覚めた――現実世界には戻されていないようだ。

「サトリ、サトリ!」

「ドアの鍵は開いてますよ、多分」

 クタクタだった僕は昨夜、部屋の鍵をかけるのを忘れていた、と思うので、部屋の外に居ると思われるミィコらしき人物にそう伝えた。

 鍵をかけていないだなんて、なんだか不用心なのだが、僕の持ち物と言えば、蘇生時に貰う薄汚れた衣を着ているくらいで他に何もないのだ。

「サトリ、これ、そこのお店で買っておきました! 資金も底を尽きたのでこれで我慢してください」

 ミィコは部屋のドアを勢いよく開け、寝床で横になっている僕に安物のダガー2本と汎用的な冒険服を手渡してくれた。

「これ――」

 僕はそのダガーを手に取り、『これで何をすればいいの?』といった表情をミィコに向けた。

 この安物のダガーで何ができるというのだろうか。まあ、これでも、囮役くらいにはなれるのだろうけど……まさか?

「首都までの道のりくらい、今のサトリならこれでも十分なのです」

 そうか、なるほど、僕はドラゴンとの戦いで戦闘能力が大幅に上昇していたのか! さすがミィコ、僕のことを僕以上によく分かっている!

「ありがとう、ミィコ」

「どういたしまして、サトリ。アイリと一緒にミコは宿屋の外で待っていますね」

 そう言って、ミィコは部屋を飛び出していった。僕も冒険服に着替えて外に出よう――


 着替えて宿の外に出ると、藍里が僕の方に駆け寄ってきた。

「さとりくん、おはようございます! よく眠れましたか?」

「うん、おかげさまで」

「よかった! では早速、首都『ユーピカ』を目指して出発です!」

「アイリ、首都『ユーリティピカ』です」

「あ、そうだったね!」

 藍里は相変わらず名称を間違えている……藍里のあざとさは健在だ。

「まったく、アイリは……」

 ミィコは藍里に呆れながらも、なんだか嬉しそうな笑顔で返していた。この二人はこういうやり取りを楽しんでいるのかもしれない。


「あ、その前に! ミコちゃん、メーメーにさよなら伝えに行こう!」

 そう言って、藍里は手を差し出し、ミィコの手をそっと取る。

「え、はい、あ、アイリ、ちょっと待ってください!」

 藍里はミィコの手を引いて羊のような獣の元へと走り出した。僕もその後をついて行く。


 ――こうして、僕らは港町『メーメニア』を後にし、首都『ユーリティピカ』を目指した。街道沿いのモンスターが驚くほど弱く感じられるほどに僕は強くなっていた。安物のダガー2本で魔物の群れを一瞬で片付けてしまうほどに。

 ブラッドレインに遭うこともなく、僕たちは難なく街道を進んでいった。


 そうして、瞬く間に首都へとたどり着いた。

「見てください、サトリ、アイリ! 首都の正門の横に帰還用のポータルが出現していますよ!」

 ミィコがポータルの近くまで駆け寄っていった。

「本当だ! なんだか、ここまであっけなく着いちゃいましたね」

 藍里はそう言いながら僕と一緒にミィコのいるポータルの前まで進んだ。

「サトリが強くなりすぎているんです。鬼です。鬼神です」

 ミィコ、褒めすぎです。いや、これは逆に、褒めてない?

「ミィコの隕石が僕に直撃した影響で、何かがおかしくなったんじゃないかな?」

 僕はミィコに当てつけのように言った。僕の、この世界での肉体がロストした私怨は健在だ!

「そんなことはあり得ません!でも、もしかしたら、そういうのがあるのかもしれません」

 ミィコは曖昧な返事をした。

「どちらにしろ、この世界、本当に楽しかったよ」

 僕は私怨よりも、二人と一緒にこの世界を旅することができて、本当によかった。

「そうですね……これから現実世界に戻るのがちょっと寂しく思えます」

「また、いつか、ユキネに頼んで、みんな一緒に来ましょう」

「うん、そうだね」

「うん、そうしましょう!」


 こうして、僕らは首都の入り口付近に現れたポータルに入り、現実世界へと戻るのだ。

 この世界で身に付けた僕の能力、それは間違いなく、現実世界のループを止めるために必要になるものだろう。

 おそらく、雪音さんはこのことを理解しながら、僕らをジオメトリック・エデンに送り込んだのだろう。

 僕が――いや、僕たちで、この世界のループを終わらせるんだ。


 ――さあ、これが、正真正銘、最後のループだ!

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