気まずい感じ

 ――ジオメトリック・エデン、3日目。


 心の準備が出来てなかった僕は、酷い過呼吸に襲われた。瞼も重く、目が開かない。やばい。

 落ち着け、落ち着けと自分に何度も言い聞かせ、精神の安定を取り戻した。

 ゆっくりと、確実に、この世界と僕の心が調和していくような、そんな感じだ。


 気付けば、身体の感覚が戻り始め、僕はなんだか心地よい温かさを感じていた。


『雪音さん、藍里とミィコは大丈夫ですか? というか、僕自身も大丈夫なんですか?』

 落ち着きを取り戻した僕は、雪音さんに念話を飛ばしてみた。

『どうしてさとりちゃんだけ戻されたんだろう? 不思議だよね。あ、そうだ、ちゃんと戻された時と同じ場所にいる? 壁の中とかにめり込んでいたりなんてしたら、君、ロストするかもしれないのよ……』

『それ、どんだけ恐ろしい状況なんですか……ちなみに、うわっ――なぜか、宿の部屋で寝ていました』

 ゆっくりと目を開けた僕は、元いた場所から宿屋まで移動していたことに驚いてしまった。

 現実世界に数分いたせいか、こちら側は一晩明けて朝になっている。先ほどから感じられていた心地よい温かさは、陽の光によるものだったようだ。

『そう、大丈夫そうだね、よかった。“抜け殻”になった君の体を二人が部屋まで運んでくれたんだと思うよ。その“抜け殻“になった肉体は、しばらくするとどこかに転送されてしまうみたいなんだけどね。こっちの世界に戻った時に”コリジョンチェック“が入って、特に問題がなければ”抜け殻“が転送される前にいた場所へと配置される、みたいな? ねえ、そんなことよりも、藍里ちゃんとミィコは――ああ、うん、革工房にいるみたい。二人で楽しそうにモンスターの皮をなめしているね』

 雪音さんは、“抜け殻“の話をしれっと”そんなこと”扱いしている――が、気にせず僕は雪音さんに問いかける。

『皮をなめす……って、あの、【ティラノサウルス】みたいなモンスターの皮をですか?』

『うん、そうみたい。でも、私が三ケ田さんと話している間に、君たち随分と成長したのね。二日目であのクラスを倒すのは無理だと思ってたもん』

『ミィコの適切な助言と、藍里の錬金した謎の薬でブーストかけて倒しました……』

『なるほどね~。【冒険してる】って感じだね!』

『そ、そうですね……アハハ』

 僕らのやっていることは冒険と言うよりも、無謀だ。


『せっかく戻ってきたんだし、二人にも念話で連絡取ってみたら?』

 雪音さんにそう言われても、なんとなく藍里とミィコに連絡することを僕は躊躇っていた。

 いきなりいなくなっておいて、楽しそうに皮をなめしている二人にいきなり声をかけるのは難易度が高い。

『なんだか、声かけにくくて……』

『さとりちゃん、二人は革工房に居るから行ってあげて。きっと、心配しているよ』

 雪音さんが僕の心情を察して、気持ちの後押しをしてくれた。

『そうですよね、行ってみます』

『私は向こうに戻ってるね。三ケ田さんのこともあるし、用心しないと……あ、三ケ田さんっていうのはさっきいた人のこと。政府の人で海風博士のこと色々聞いて来たけど、あの人の弱み握ったからもう大丈夫!』

 三ケ田さんの弱みと言えば――

『猫耳になること、ですか?』

『そそ! 秘密にしておいて! ――そういうわけで、しばらくしたらまた様子を見に来るね。またね~』

 そう言うと雪音さんは現実世界に戻っていった。


 僕は、部屋を飛び出し、宿の外へ出て、全力で駆け出した――二人のいる革工房に向かって。


 僕が革工房に到着すると、二人は店の外にある”なめし台”でモンスターの皮を丁寧になめしていた。

「いきなりいなくなっちゃって、ごめん。それと、宿まで運んでくれてありがとう」

 僕が二人に声をかけると――ミィコが抱き着いてきた。

「サトリ、意識を失った時は驚きましたよ! アイリと二人で宿まで引きずっていきましたけど、少ししたら部屋から急にサトリが消えて……どこに行ってたのですか!? 心配してたのですよ……」

「さとりくん、よかった。ミコちゃんも私もすごく心配しちゃってました……」

 二人は僕のことをそんなに心配してくれていたのか……。

「さあ、サトリ! どうして居なくなったのか、今すぐ説明なさい!」

 ミィコはすぐに僕から離れて軽蔑の眼差しのようなものを向けていた。

「僕にも詳しいことはよく分からないんだけど、あまりにも疲労困憊しすぎて、“抜け殻“とやらになって現実世界に戻されてたみたい。その後、雪音さんがそのことに気が付いて、僕をこっちに送ってくれたんだ」

「ユキネはもう戻っちゃったんですか? ユキネめ……」

「こっちの世界に居る僕らを雪音さんが守ってくれているって考えればなんとなくありがたいかな」

 見守る、というよりも、監視している、といったところだろうか?

「うんうん、雪音さんに見守っていてもらえるので安心です!」

 藍里は素直に喜んでいる。


「ユキネのことはいいとして、精神体に負荷がかかるような無茶は今後控えるようにしましょう」

「うん、私もデメリットの少ない強化系ポーションを研究します」

 僕は今後、藍里の実験のため薬漬けにされる運命なのだろうか。


「サトリ、クエストの討伐報酬が金貨1枚になったのと、ミコと藍里が丁寧になめした皮は金貨3枚くらいで売れるようです。このお金で、『ニンジャアウトフィット』、いわゆる、忍び装束と――『ピッキングツール』、これは鍵開けのプロフェッショナルツール――この二つを購入します。そして、これらを使ってサトリはお城に忍び込むのです」

 この世界の通貨は、金貨1枚で銀貨100枚、銀貨1枚で銅貨10枚となっていて、金貨の価値が非常に高い。金貨1枚あれば、この世界で当分の間生活できることだろう。

 というか、本当に城の財宝を盗むつもりなのか!?

「いよいよ、『お城に潜入して宝物庫からお宝を拝借しよう!』作戦決行なのですね!」

 藍里が意気込んだ――というか、その作戦名、僕は完全に忘れていたよ……。

「そうです、アイリ。『お城に潜入して宝物庫からお宝を拝借しよう!』作戦開始です!」

 謎のネーミングセンスでそう名付けた張本人であるミィコも間違いなく忘れていただろう。

 これは、先が思いやられるぞ。失敗するんじゃないかと僕は不安しかなかった。


「それじゃあ、ミコちゃん、お店の人と価格交渉しに行こっか!」

「そうしましょう、アイリ」

 そうして、二人は革工房の店内に入っていった。なんだかんだで頼もしい。藍里とミィコがいなかったら僕は雪音さんに『もう無理です』と泣きついていたところだろう。

 正直、今も泣きつきたい気分なのだが。

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