ボーパルなんとか

「――トリ、サトリ!! 聞いているのですか!?」

 ミィコの声がする――しまった! つい、物思いにふけってしまった。

「あ、ああ、ごめん、ちょっと考え事というか……」

「うんうん、さとりくん、ミコちゃんのことを、随分と心配してそうな顔で眺めてましたもんね!」

 藍里は、僕が『ミィコのことを心配しているアピール』をしてくれている。

「そう、そう。ミィコのことが心配で……」

「そ、そうなんですか、サトリ。そ、それはどうも、ありがとうございます……」

「え、いえいえ!」

 ミィコは、素直に感謝の気持ちを伝えてくれた。


「ごめん、ミィコ、ところで、何か話があった?」

 なんとなく、いたたまれない気持ちに包まれた僕は、脱線していた話を元に戻した。

「実は、ちょっとお金が足らないので、ネームドモンスター退治のクエストを受けて、その前金を貰いました。なので、当分の宿賃と食事代はバッチリ解決です!」

「え、ちょっと待って、ネームドって……え? 僕たちじゃ倒せないでしょ?」

 僕は単刀直入に聞いた。

 そんなの、相当強いに決まっている。それに、失敗したときには前金の返却も必要になるだろう。

「サトリ、今回の前金は銀貨50枚です。これで『ニンジャソード』を買えば、ネームドでもクリティカルヒットでイチコロです!」

「いや、イチコロって……その攻撃を避けられてしまうとか、相手から攻撃を食らうとか、そういった問題が――」

「大丈夫です! ミコのアナライズによれば、サトリは『ソード』のスキルを鍛えることで、この周辺のネームドくらいならやれる……はずです! 安心してください」

「はず……では、安心できません、ミィコさん」

「さとりくんならやれます! きっと! では、明日はお買い物ですね。楽しみですね!」

 藍里は相変わらず乗り気だ。

「そうです、サトリ。今日はご飯を食べてゆっくり休むのです。この世界、思った以上にご飯もリアルで美味しそうですし」

 確かにミィコの言うとおりだ。雪音さんの能力はまさに常軌を逸している。この世界は電脳世界というよりも、現実世界に限りなく近い……雪音さんがそういう世界を望んだからなのだろうか?

 それとも――


 僕は考えるのをやめて、テーブルに並んだ骨付き肉にかぶりついた。

「こら、サトリ! 『いただきます』が先です!」

 ミィコに怒られた。

「そうですよ、さとりくん、『いただきます』は大事です! いただきま~す!」

「は、はい……いただきます」

 こうして、骨付き肉、サラダ、オニオンスープっぽいもの、ぶどうジュースっぽいもの、なんだかよく分からないもの……僕らは、それらを心行くまで食べつくした。

 

 食後――3人とも、食べ過ぎて動けなくなり、テーブルを囲んだままぐったりとしている。

 すると、ミィコが突然、僕の方を見ながら口を開いた。

「ちなみに、予算の関係上、部屋は一部屋しか取らなかったので、サトリ、変なことしたら許しませんからね」

「しませんから!」

 僕は全力で否定した。

「さとりくん、変なことしないでくださいね……」

「藍里まで……しませんから!」


 僕らは食事を終えて、今晩泊まる予定の部屋に向かった。

 ベッドが二つとサイドテーブル、手前にスツールが一つある。

 水桶と布が用意されている、ということは、これで体の汚れでも落とすのだろうか。いや、顔を洗うだけかもしれないし、下手をしたら飲み水かもしれない……謎だ。


「サトリは右側を使ってください! ミコとアイリは左側のベッドで寝ますので」

「ミコちゃんと一緒のお布団だ、嬉しいな!」

 二人はなんだか楽しそうだ。

「それじゃあ、今日はもう寝ようか」

「はーい!」

 藍里とミィコは揃って返事をした。


 この世界、肉体的な疲労はほとんど感じられないのだが、精神的な疲労が大きい。藍里もミィコも精神状態に異常はなさそうだし……もしかすると、蘇生されると精神に大きな負荷がかかったりするのかもしれない。

 最悪、現実の世界にある肉体が精神崩壊引き起こしたりするんじゃないか? これ……。

 精神的な負荷を抑えるために、できるだけノーミスを心掛けよう。何かあったときは僕が囮になって二人を守ろう、そう、心に誓った。


 ――サイドテーブルの上に置いてある四角いランタン、その中の大きな蝋燭に火が灯っている。本来ならば就寝時に消すものなのだろうけど、月明かりだけでは少し心もとない――

 ふと考える……この世界から見える月のようなものも、現実世界と同じあの月といえるものなのだろうか? もしかすると、単なる”はりぼて”に過ぎないのかもしれない。

 逆に、あの月に、どうにかこうにかして行けたりしたら、兎か何かに遭遇したりするのではないかと想像を膨らませたりもしてみた――そんな兎がいたら、僕らの首を刈り取ろうとする兎だろう、きっと。


 ――まどろみの中、僕の心の奥深くに、居心地の良いこの世界から、元の世界に帰りたくない、という気持ちが芽生えてくるのを感じた。

 それと同時に蘇生の反動による、この不快な倦怠感が続くのであれば、早く帰りたいという気持ちも強くなった。


 ――ジオメトリック・エデン、2日目。


「サトリ、朝です! 起きてください!」

 僕はミィコに叩き起こされた。もう少し寝ていたい。

 この世界でも寝ることによって精神的疲労が回復していくようだ。昨夜まで、ひどく感じられていた蘇生による倦怠感は、だいぶマシになっているように感じた。

「もう少し寝かせて……」

「ダメです! 起きるのです!」

 ミィコは僕をベッドから引きずり出そうと必死になって頑張っている。

 そうこうしていると、部屋のドアが開いた――

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