キューブのコア
「藍里が身に着けているそのブレスレットの宝石……それは宝石などではなく、おそらく本来は、人間に視認することができないもの。私が不可視的なコアを偶然にも観測したことで、我々にも認識可能な藍色の宝石として、原子がその形で一時的に安定しているのだろう。そして、キューブ自体もそのコア無くして動くことは絶対にない。政府は、その抜け殻になったキューブアメリカ政府に返却し、今回の件は、
「でも、そんな大事なものをなんで私に……」
「藍里、お前は私の一番大切な娘なんだ。だからこそ、本当に大事なものを一番大切なお前に預けているんだよ。まさか、それがキューブのコアだなんて誰も思わないだろう。そもそもキューブにコアが存在していたことなど私しか知らないのだから」
――なるほど、確かに海風博士の話にも一理あるが……得体の知れないものを一番大切な娘にそんなもの預けるなんて、ぶっ飛んでいるとしか言いようがない。
「一つだけ言えるのは、その時点を境に、この世界はタイムループしている。最後に出力された謎のデータリストと現在の私の記憶に相違点があることに疑問を抱き続けていた。それを確信するに至った決定的な出来事……『メメント・デブリ』とでも言うのだろうか、ループするたびに記憶の中にゴミが僅かに残っている点だ――つまり、時間が戻るという表現よりも、その都度、再構築されているといった方が正しいのかもしれない、というのが、そこから導き出された答えだ」
――衝撃的な真実だ。僕らの想像を絶する信じられない話だ。
「そのタイムループは、どのタイミングで引き起こされているかも分かっていたりするんですか? 日付とか、時間とか」
僕の最期を迎えた後、どれだけの間この世界はループせずに続いているのか、僕は気になっていた。
「正直言うと、ループするタイミングまでは私も分からない。ただ、言えることは、タイムループをどこかのタイミングで引き起こしている、という事実だけ」
残念ながら、海風博士にもそのタイミングまでは分からないようだ。
「ループとか、再構築とか、そんなことって本当にあり得るのですか? そのキューブは膨大なデータを蓄積している記憶媒体ということなのですか?」
雪音さんが真剣な眼差しで海風博士に疑問を投げつける。
「はっきりとしたことは私にも分からない。だが、キューブは記憶媒体などではなく、4次元、つまり時空連続体を統括する高次元へのアクセスを可能にした端末。だとすれば――」
「アカシックレコード……キューブとは、アカシックレコードにアクセスして接続することのできる端末、というわけですか?」
雪音さんは海風博士の話を遮った。
「確かに、オカルト的な観点から考察するのであれば、アカシックレコードのようなものにアクセスしていると仮定した方が分かりやすいかもしれないな」
海風博士と雪音さんは少し考えこんでいる。
「これは私の憶測にすぎないのですけど……アカシックレコードには過去だけではなく、未来も存在していると聞きます。本来の未来とは全く異なる未来をキューブが構築してしまったことにより、アカシックレコードの自動修復機能が働いているとは考えられないでしょうか? 書き込まれるデータの整合性を取ろうとするアカシックレコードは、不正なデータによるエラーで無限ループに陥っている……と。でも、そう考えると、アカシックレコードにはキューブでも直接アクセスすることは出来なくて、キューブがアクセスしている場所は一時保存領域、キャッシュメモリのような領域、ということ?」
雪音さんは思いついたこと自分なりの解釈で発言していた。
――確かに雪音さんの言うような状況なら僕らにも理解はできる。いや、できない。理解できるはずもない。
「我々の理解を超えたものを、我々の認識で考えていても答えは出ない……だが、雪音君の解釈は当たらずとも遠からず、なのかもしれないな」
「ですよね♪ ですよね~♪」
雪音さんは上機嫌だ。
そんな浮かれ気味な雪音さんとは裏腹に、海風博士が僕らを見る目は眼光鋭い。
「一つだけ、君たちに言っておかなければならないことがある。政府の機密情報をどんな形であれ、君たちは知ってしまった、ということを自覚してほしい。いわば、我々は運命共同体。政府に漏れるようなことがあれば……分かるよね?」
僕は、海風博士のその言葉を脅しと捉えた。
そして、沈黙がしばらく続く。
「だから、今日のことは絶対に口外しないでほしい。そして、藍里を守ってあげてほしい」
沈黙の後、海風博士は優しい声でそう言った。
――おそらく、海風博士は『僕らを巻き込むことで、藍里だけに危険が及ぶ状況を防ぐ』意図があったのだろう。
「つまり、海風博士、貴方は、藍里さんに何かあったり、私たちの誰かが裏切ったりすれば、その全員が政府から狙われる立場になるとおっしゃりたいのですね? だから、藍里さんを全力で守れと……そういうことですね」
雪音さんが少し強い口調で海風博士に言った。
「うん、そういうことです」
海風博士はニコニコした表情でそう答えた。
「お父さん、それは身勝手です。この一件はお父さんが引き起こしたことであり、私だけならまだしも、何も知らなかった他の人たちまで巻き込むのは理解できません。少し、軽蔑します……」
藍里は本気で怒っている。当然だろう、海風博士は軽々しく言うが、世界を歪めてしまった張本人だ。
それなのに、僕らに運命共同体だなんていうのは身勝手だ。
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