初詣とヤギとリーゼントと

「遅くなっちゃってごめん」

 僕は『君のためにすごく急いできた』とか『相変わらず愛唯は可愛い』なんて口が裂けても言えなかった。いや、あえて言ってみるのもありかもしれない……。

 ここは思い切って――なんて考えていると、彼女が水を得た魚のように饒舌なトークの嵐を僕に向けてくる。こうなると僕は相槌を打つくらいしかできない。


 そんな中、彼女が少し気になる話をしていることに気が付いた。

「今日の朝ね、ニュースで見たんだけどね、街中で獣みたいな毛むくじゃらの獣? みたいな人が暴れてたんだって! それでね、負傷者も数名出てるんだってよ~? 怖いよね~。獣なのか人なのかわからないところも謎だよね~」

 そういえば今朝のニュース……そうか、続報があったのか。うーん、なんだろう?年越しに仮装パーティーでもして、そのまま朝まで飲んで街に繰り出して、酔って暴れたとか……そんなオチなのだろうか?

「ねぇ、ねぇ、聞いてる? 聞いてる?」

「え、ああ、うん。 多分、年越しで仮装パーティーとかやってて、朝まで飲み歩いて暴れたとかじゃないかな。獣っぽい衣装とかで」

「あ、確かに! あり得る!」

 彼女は納得した。

 僕は、その後もずっと彼女のトークに相槌を打っていた。


 僕と愛唯は参拝を済ませ、ゆったりとした歩調で境内を散策していた。すると、愛唯が急にはしゃぎだした。

「見て、さとりん! おみくじだよ、おみくじ! やってみようよ!」

「え、ああ、うん」

 授与所、というのだろうか。僕らはそこでおみくじを引いた。

「さとりん! 大吉だよ、大吉! 私、日ごろの行いがいいからな~」

 愛唯は“大吉“を引いたようで上機嫌だ。

 僕の結果は“吉”だった。内容は、『己のあやまちから学び、考え方の変化によって未来は好転する』というもの。

「僕は、吉だよ」

「そっか! そんな平凡な君に、この愛唯様がいつも傍にいて大吉の恩恵を分けてあげよう!」

「え、いいよ、そんな!」

 僕は愛唯の『いつも傍にいてあげる』発言を改めて意識してしまい、なんだかドキドキしてきた。

「遠慮しない、遠慮しない!」

 そう言って愛唯は僕にくっついてきた。愛唯の顔が近い。僕は無心を貫く努力をした。


 しばらくして、そんな彼女が急に静かになっていた――そうか、正午も回ってお腹が空いたのだろう。僕もお腹が空いていた。母親が作ってくれた“キャラ弁”を渋々と食べるつもりでいたが、愛唯をほったらかしにして帰るわけにもいかない。

「どこかでご飯でも食べていく?」

 僕がそう提案して愛唯の方を見る。彼女は遠くの一点を見つめて呆然としていた。僕も愛唯の見つめているその一点に目を凝らしてみた。


 ――ここからではよく見えないのだが、境内から外れた歩道側で何やら事件が起こっているようだ。よく見るとヤギの角が生えた上半身裸の男が人を襲っている。進入禁止の標識を地面から引き抜いて、それを振り回しているように見える。いや、標識を引き抜くなんて不可能だろう。僕がその光景に自分の目を疑っていると、静かになっていた愛唯が横から話しかけてきた。

「ねぇ、ねぇ、ヤギ男が標識振り回してるように見えるんだけど、気のせいだよね? そんなことってあり得ない、よね?」

「うん、あり得ない、けど、あり得てる」

 僕もあり得ない返事をしていたが、目の前の出来事を理解するのに精いっぱいだった。


 そのまま、呆然とその光景を見ていると、特徴のある髪型の男が一人登場し、ヤギ男の前に立ちはだかった。リーゼントヘアにサングラス、ちょっと時代遅れの服装をしていたが、そんな彼がヒーローにすら思えた。

「あのリーゼントの人、大丈夫かな? 勝てるのかな? ――いや、無理でしょ!」

 愛唯は自分で言って、自分で否定していた。


 しかし、一瞬の出来事だった。リーゼント男が指を弾くと大鎌を持つ死神のような存在が現れ、その大鎌で瞬く間にヤギ男の首を刈り取ったのだ。

 ――その首からは大量の鮮血が飛散した。そして、勇ましく仁王立ちしていたヤギ男は呆気なく崩れ落ち、その場に倒れこみ、真っ赤な血の池が出来上がった。偶然にもヤギ男の首はコロコロとリーゼント男の近くへと転がっていった。

「え、どういうこと!? ねえ、どういうこと!?」

 愛唯は少しパニック状態だった。


 リーゼント男は勝ち誇りもせず膝から崩れ落ち、もげたヤギの首を抱きかかえながら泣いているように見える。そうして、リーゼント男の周りに人が集まってきている。

 しばらくして、群衆に囲まれているリーゼント男を引っ張り出すようにして、ガタイの良い女性(?)のような人物が連れて行った。リーゼント男はヤギ男の首を持ったまま去っていった……。

 そして、首のないヤギ男も無残な姿でその場に転がったままだ。

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