少女と不思議な宝石

 僕はテレビを消して初詣に行く支度をした。

 無難路線で、白のパーカーに黒いジャケット、黒っぽいジーンズだ。今日は親友の『黒金くろがね 銀太ぎんた』と一緒に初詣へ行く約束をしていた。僕は携帯電話を持っているのだが、彼はポケベル(小型の端末で、数字、カタカナ、アルファベットを使用した短文メッセージのやり取りが可能。液晶画面に受信したメッセージが表示される)しか持っていない。

 余談だが、銀太の見た目は僕と対照的だ。彼の身長は僕より高く、それでいてやや細身だが、しっかりと筋肉質。いかにもスポーツマンタイプで喧嘩も強そうに見える。

 子供の頃から銀太と一緒にいるおかげで、無暗やたらに喧嘩を吹っ掛けられることもない。まさに魔除けのような存在だ。


 ――仕方なく僕は彼の自宅に電話をかけた。呼び出し音の後、程なくして彼の母親が電話に出た。

「もしもし」

「あ、僕は銀太の友達のさとりといいます」

「さとり君ね! いつも、うちの銀太と遊んでくれてありがとね。今、代わるわね」

 そう告げると保留中になり、しばらくして銀太が電話に出た。

「よう、さとり、悪いんだけど今日の初詣行けなくなった……。ちょっと熱があって体調も悪くてさ。ホントごめんよ。ああ、昨夜のご馳走、食いすぎたのかなぁ……」

「いや、大丈夫、気にしないよ。ゆっくり休んでくれ。治ったらこの冬休みの間にどこか出かけよう。お大事に!」

「ああ、悪いな。じゃあ、また……」


 僕は電話を切った。銀太が病気とは珍しい。彼のことだ、すぐに良くなることだろう。

 仕方ない、初詣には一人で行こう。

 ベッドに座っていた僕は、重い腰を上げて家の一階に降りた。僕の家は2階建てで、僕と父親と母親の3人暮らし。

 二階に上がって一番奥の東側にある部屋が僕の部屋、そこから廊下を隔てて西側の部屋は空き部屋になっている。空き部屋といっても物置として使われている。

 そして、僕の部屋の隣に父親の書斎、その部屋の隣は父親と母親の寝室だ。残りの西側は吹き抜けになっていて、落下防止で手すりが階段まで続いている。

 階段を降りると正面に玄関があり、右手には廊下を挟んでリビングとキッチン。廊下の先にはトイレや洗面所、バスルーム等がある。位置的には僕の部屋の下がちょうどキッチンになる間取りだ。


 リビングに入ると一階には誰もおらず、テーブルの上に書置きがあった。

『お父さんと初詣に行ってきます。あなたもお友達との初詣には気を付けて行ってきてくださいね。お弁当を作っておきましたので、お腹が空いたら食べてください。冷蔵庫に昨日の残り物もあります。母より』

 僕はキッチンのテーブルに置いてあったお弁当を開けてみた。

 ――見事なまでの可愛いキャラ弁だった。食欲が失せてしまった……が、帰ってきてから食べようと思う。


 僕は玄関に向かい、スニーカーを履いて外へ出た。

 ここは閑静な住宅街なのだが駅からも近く、立地はとても良い。銀太の家もすぐ近くにある。駅に向かう途中に公園があり、子供の頃に、銀太とはそこでよく遊んだり喧嘩をしたりしていた。

 銀太は少しだけ他人に冷たかったり、倫理観が欠けているような行動を取ったりする。悪く言えば反社会的。よく言えば自由人。

 だから、僕は時々、彼の行動を見ていて不安になるようなことがある。僕にとって銀太はかけがえのない親友なのだが、まるで別人になったかのような冷淡で人を見下すような眼をする時には恐怖すら覚える。


 ――そんな風に銀太のことを考えながら公園の近くを歩いていると、髪の毛もきっちりお団子にした和装姿の女の子が、信号のない横断歩道をフラフラと歩いている。女の子は見た感じ、少し小柄な感じもするが、僕と同い年か少し年下だろう。

 そのうち、車が来ているのに、女の子は道の真ん中で止まってしまった。

 彼女はなんだか具合が悪そうだ。和装はきつく締められているため、体調を崩す人もいるのだとか。きっと、あの女の子もそんな感じなのだろう。


 車がクラクションを鳴らしていたので、見るに見かねて女の子のところまで駆け寄って彼女を支えながら横断歩道を速やかに渡り、僕は車の運転手に軽く頭を下げた。女の子も車の方を気にしている様子だった。


 公園のベンチまで連れて行き、近くの自動販売機から飲料水を購入して女の子に手渡した。公園は閑散としていて、枯れた木々に無個性な遊具、どこか冷たく無機質なコンクリートで造られた、心細さすら感じさせる公衆トイレがポツンとあるくらいだ。


「ご親切にありがとうございます……急に体調が悪くなってしまって、本当にごめんなさい」

 女の子は水を飲み、僕にお礼と謝罪を伝えた。その時に見えた左手首に和装とは不釣り合いだが、ひと際目を引くブレスレット……そこには深い青色をした不思議な宝石が埋め込まれていた。なぜだろう、その宝石を見ていると気持ちが安らぐ。

 ――そして、穏やかな気持ちになった僕は優しく言葉を返す。

「そんな! 君だって同じ状況だったなら、僕に手を差し伸べてくれたと思います」

「どうでしょう……? そうだったら、いいな」

 彼女はどこか自信なさげに、それでいて少し微笑みながらそう呟いた。


 僕は女の子と同じベンチにちょっとだけスペースを空けて座っていた。なんとなく、僕は気まずくなってくる。大丈夫そうなら軽く別れを告げて立ち去ろうかと考えていた。

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