第37話 旅路

 ぼんやりと考え事をしている俺の頬に、柔らかなものが押し当てられる。

 何だ?と顔を横に向けると、すぐ間近にレオナルトの琥珀色の瞳があり、目を細めて俺の唇に軽く口付けた。

 咄嗟に俺は手の甲で唇を拭い、身体を仰け反らせて離れようとする。

 レオナルトが後ろに反り返った俺の身体を抱き寄せて、クスリと笑って言った。


「そんなに仰け反るとひっくり返ってしまうぞ。カナデの頬や唇は、思った通り滑らかで柔らかい。いつの日か存分に味わわせてもらおう」

「そっ、そんな日は…来ないからっ」

「そうかな。ほら、しっかり掴まってろよ」

「え?わぁっ」


 レオナルトが俺を抱えたまま、軽々と黒く大きな馬の背に乗る。

 白い毛並みのヴァイスとは正反対の、黒く光る毛並みが美しい馬。

 確か…「ラルク?」


「そうだ。俺の愛馬のラルクだ。よく名前を覚えていたな」

「だって…この馬もすごく綺麗だと思ったから。ねぇレオナルト。ラルクも空を翔べるの?」


 俺の後ろから腰を抱くレオナルトを振り仰いで、少し興奮して尋ねる。

 一瞬、俺を抱く腕に力がこもり、レオナルトが美しい微笑を浮かべた。


「カナデ、俺の事はレオンと呼べ。特別に許そう。もちろんラルクは空を翔ぶ。俺の特別な馬だからな。カナデは馬が好きなのか?」

「好き…っていうか、空を翔ぶ馬に乗るのが好き。まだ少し怖いけど、すごくドキドキとして楽しいよ」

「ふっ、そうか。この国で翔ぶと目立ってしまうから、スイ国に入ったら翔んで王城へ連れて行ってやろう」

「え!ほんと?楽しみ…」


 レオナルトが、急に黙り込んで琥珀色の瞳を蕩けさせて俺を見る。

 その視線に気恥ずかしくなって、俺は慌てて前を向いた。


「な、なに…俺の顔に何かついてんの?」

「いや、カナデの笑った顔を初めて見たと思ってな。目が離せなかった」

「え…そ、そう…?あ、それと一つ言っとく。俺はレオンと一緒に行くけど、前みたいに俺の気持ちを無視するようなことがあったら、すぐに離れるからな。レオンは王様で偉いから仕方ないのかもしれないけど、俺はこの世界の人間じゃない。だからこの前のような傲慢な態度は、到底受け入れられない。俺の我儘かもしれないけど、これだけは約束して欲しい」

「この前のことは本当に悪かったと思っている。当然、あのような態度は二度と取らない。カナデは今や俺のとても大切な存在だからな」

「…わ、わかってくれてるならいいけど…」


 俯いた俺のつむじにキスを落とすと、レオナルトがラルクの横腹を軽く蹴って進み出した。

 すぐ後ろを栗毛の馬に乗ったナジャがついてくる。

 その時、背後から一陣の暖かい風が吹きつけてきた。その風に乗って『カナ!』というアルファムの声が聞こえた気がした。

 俺は目を閉じて静かに息を吐くと「アル…さよなら」と小さく呟いた。

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