第29話

「カナ、そうじゃない。もっと掌に意識を集中させてみろ」

「う~っ、ちゃんとやってるよ?もっと?」

「そうだ。深く息を吸って長く細く吐き出しながら力を込めてみろ」

「ふぅ~…ふんっ!」


 俺は今、石畳が敷き詰められた中庭で、後ろからアルファ厶に両腕を支えてもらいながら、術を発動させるやり方を教えてもらっていた。

 アルファ厶は、朝早くからものすごい量の職務をこなし、俺のために時間を作ってくれた。

 軽く昼食を済ませた後に、二人でこの中庭に来て、俺の特訓を始めたのだ。

 アルファ厶が言う通りに、ゆっくりと呼吸を繰り返し、正面に向けた掌に意識を集中させているのだけど、さっぱり何事も起こらない。

 やっぱり俺は、この世界の者ではないから術なんて使えないのかもしれない…。

 早くもそう結論づけて諦めかけていると、アルファ厶が俺の身体に腕を巻きつけて、強く抱きしめてきた。


「カナ…いきなり最初から上手くいくものではない。今は何の変化も見られないが、微かにおまえの掌から波動を感じ取っている。繰り返し練習すれば、きっと術は使えるようになる。おまえはこの世界では尊い存在だ。必ず欲しがる奴らが現れる。当然、俺が傍にいて守ってやるが、そうもいかない時があるかもしれん。できれば、その時に悪い奴らを追い払う力は持っていて欲しい。カナ、焦らずにやろう。リオだって使えるようになるまで数日はかかっていたぞ」

「ほんと?じゃあアルは?」


 俺は、肩から回されたアルファ厶の腕にそっと触れながら尋ねた。


「俺は…物心つくと同時にすぐに使えた。王族だからな。炎はもう少し大きくなってからだが」

「…すごい。俺もアルファ厶みたいにとまではいかなくても、少しは強くなりたい。今の俺って何の役にも立たないから…。せめてアルファ厶の役に立てるようになりたい」

「カナ」


 俺の頬に唇を寄せて、アルファ厶が何度もキスをする。


「あまり可愛いことを言うな。おまえを閉じ込めて誰にも見せたくなくなる。でもそうだな、カナには頑張ってもらって、可愛い俺の騎士になってもらおうか」

「騎士?なんかかっこいい!じゃあさ、俺、剣も使えるようになりたいっ」

「剣か…。危険だからやらせたくはないのだが、カナは聞きそうにないしな。よし、術は先程の要領で毎日練習すればいい。いずれ使えるようになるだろう。それに何も魔法だけでなく、物理的な攻撃をしてくる輩もいるからな。カナ、この剣を持ってみろ」


 アルファ厶が腰に差していた二本のうち短い方の剣を抜いて、柄を俺の手に持たせる。

 俺は、金と赤の装飾の柄を両手で握りしめると、顔の高さまで持ち上げた。よく磨かれた刃に俺の顔が映る。途端に身体がブルリと震えて、剣をそっと下ろした。

 いかにもよく切れそうに磨きあげられた剣。これは、人を傷つける為の物。これを俺は使えるだろうか。

 剣を強く握り過ぎて白くなった指を見つめて思う。

 でも、このような剣で、アルファ厶が傷つけられたら嫌だ。

 ましてや俺を庇って傷つくことなどあってはならない。

 だから本当はすごく怖いけど、どうしてもの時にアルファ厶を守るために、アルファ厶の足でまといにならないように、剣を使えるようになりたい。

 俺はもう一度剣を持ち上げると「アル、使い方を教えて」とまっすぐにアルファムの目を見て言った。



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