炎の国の王の花
明樹
第1話 さよなら世界
夕焼けに顔を赤く照らされながら、俺はただひたすらにある場所を目指して歩き続ける。
日が陰ってほんの少しマシにはなったが、蒸し暑い空気に全身が汗でベトベトだ。額から流れ落ちた汗が目に入ってしみたけど、歩く速度は緩めずに、手の甲で目を擦って前だけを見つめて歩き続ける。
時間にしたら十五分程だったと思う。目の前に目的の場所が現れて、俺は駆け足でそこへ辿り着いた。少し乱れた息に胸を上下させながら夕焼けに赤く染まった海を見た。
「ああ…、やっぱりここは綺麗だな…」
ポツリと呟いて立っている場所から下を覗く。
何メートルあるのかは正確には分からないけど、ここはかなりの高さがある崖で、崖下では打ち付けられた波飛沫が白い泡を散らせて高く舞い上がっている。
崖下から吹き上げてきた風に髪を乱され、ブルリと震えて思わず苦い笑いを漏らす。
「何震えてるんだ、俺…。一番大切なものを失って、もう夢も希望もないというのに…」
今の俺にはもう、何も必要ない。お金も免許証もスマホも全部車の中に置いてきた。あるのはただ、アイツとの思い出だけ…。
もう一度崖下を覗き込むと、風の唸る音が俺を呼んでいるように聞こえて、今度は声を出して笑った。
「ほら、地獄から早く来いと俺を呼んでるじゃん。ははっ、そう急かすなよ、今行くから…」
そう言って足を一歩前に踏み出した瞬間、背後から吹き付けた強い風に背中を押されて、俺の身体がフワリと宙に浮いた。
自分のタイミングで飛び降りようと思ってたのに、何だよ…。
かなりの速さで落下しながら、もうすぐ岩礁に頭を打ち付けて死ぬというのに呑気にそんな事を思った。
落ちている間の時間なんて実際はほんの一瞬なんだろうけど、俺にはようやく岩が目の前に迫ってきたように感じて目を閉じる。
「一瞬で意識が無くなってくれよ…」
そう声には出さずに呟いた瞬間、頭に衝撃を感じると共に、俺の望み通りに意識が暗闇の中へと消えた。
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