第9話 去りし日の薔薇将軍-6
記憶を手繰ってみても答えが解らない。きっと見分け方はどこかにある。小憎たらしいあの男が現れる、騒ぎの根に居るのは明らかだ。
「今日は実戦方式といこう。相手は手練れだ、存分に試せ」
他に偉そうなやつも居ないので、隊長というのがほぼ確定した。
――あ、見分け方解った! それは盲点だわ。
相互に武装点検を行う兵を前に、隊長が冷然とした視線で見つめる。
「あんたたちなんて、おっちゃんにやられちゃえば良いのよ!」
「くくく、簡単に死なれてはつまらん。善戦してくれるように俺も期待している」
余裕の笑みで言葉を返す。ティグレが多数群れを成して兵士の傍に座っている。
――獣笛みたいなのかしら? あれを吹いたら動いているわね。
使役の方法が明らかになる。神経を狂わせているのかどうか、詳しくは不明だがおしおが笛吹を捕まえたから動きを止めた理由がよく理解できた。
――洞窟に見張りは残すわよね。多少痛い目をみたくらいじゃこれは収まらないわよ。
集団で移動すること小一時間、見覚えがある風景が広がっていた。伝言しに行っていたであろう軍兵が一人と、おしお、シオンが待っていた。
――うわぁ、おしおさん本気で怒ってる。
表情はいつものようなニコニコ顔ではない、冷静沈着だ。
「お待ちしていましたよ、ハイランド軍の方ですね」
そう断言して様子を伺う。
「お前が手練れの戦士か。どうしてハイランド軍だと言う」
カマかけなどには乗らずに歪んだ笑みを浮かべて左右に兵士を進ませた。
「装いを変えるならば、靴も揃えるべきでしたね」
互いの足元を見て眉をひそめる。サイズがまちまちなので一元的に用意出来ずにそのままだった。
「なるほどな、次はそうするとしよう」
隊長が指摘を認めた。同じ過ちは二度犯さない、そうやって人は成長する。
「次、ですか。貴方は甘い、戦に次はありませんよ」
おしおは一歩進み出てポールウェポンを構えた、シオンも剣を手にする。
「おっと、こちらには人質が居るのを忘れて貰っては困る。ほらお前も命乞いをしろ」
隊長がにやにやしてフラウに言う。彼女はじっとそいつを見つめて口を開かない。ティグレが軍兵の前に並べられる。
「どうした、怖くて言葉も出ないか?」
あまりの優位に含み笑いが漏れる。男二人相手にティグレ十数頭、兵士数十人、おまけに人質だ。
「冗談。あんた洞窟にハイランド軍の士官とか閉じ込めてるんじゃないかしら?」
「ん、何を馬鹿なことを!」
明らかな動揺が見えた。有無を言わさず切った張ったしていれば確信を持たれることもないのに。
「どうせティグレを戦闘に使えるようにって抜け駆けでもして、調査に来た奴を捕えたんでしょ。殺すに殺せず、けれど実験を成功させたら不問とか考えてない?」
もちろん何の証拠もない。仮説を進めただけの話だ。
「お、お前らまさか本部の兵か!」
あたりに伏兵があるのではないかと警戒を強める。兵士も後ろを気にしだした。
「それは貴方が罪を認めたと解釈して宜しいのでしょうか」
目を細めておしおが隊長を見据える。丁寧な言葉遣いとは裏腹に鋭い気迫が滲む。
「好きに解釈したらいい。どうせお前らはここで死ぬんだ、やれ!」
兵士に攻撃を命令する、もう直接始末して構わないと。
「おしおさん、こいつら叩きのめすのよ!」
「元より承知。シオン君、行きますよ!」
「おう!」
左右に別れて徒歩で切り込む。馬上では精細さを欠くシオンでも、両足が地についていれば軽やかな動きだ出来た。ティグレの鼻先に刃を突きつけ、飛びかかるタイミングを失わせる。乱戦になれば兵にとっては邪魔な存在にすらなった。
「ええい、ティグレを下がらせろ!」
同士討ちを懸念して無駄な戦力を外してしまう。戦術的なセンスがうかがい知れる。兵が包囲を作る前にどんどん突き進み、局地的に一対二の場を作り出す。
素早くポールウェポンを突き出し腕を切りつける、引き寄せる時にはぐるりと片方についている突起を回して反対の兵の足を傷つけた。
「お、お前ら、人質がどうなっても良いのか!」
兵士がフラウに剣を突きつけて、二人に武器を捨てるように命令する。注目が集まった。
「盛り上がっているところ悪いけど、あたしは逃げられないんじゃなくて、逃げなかっただけよ」
心配そうな表情はもうそこにはない。白い歯を覗かせて更に注意を引き付ける。
「なんだと?」
「風よ!」
以前ティグレを舞い上げた突風が、真後ろの兵士を吹き飛ばした。遥か先の木に背中から衝突し失神してしまう。
「くそ、魔法使いか!」
「煌く焔よ我に立ちはだかる彼の者を撃て、ブラインドフレイムキャノン!」
隙を見ておしおが詠唱を完成させる。兵士の足元目がけて炎弾を叩き付けた。衝撃と熱で三人が一度に脱落する。詠唱を行う数瞬は接近戦で致命的な時間の浪費に繋がってしまう。
「ちっ、圧倒せし斜陽の歪みよ敵を撃て、フレイムインパルス!」
隊長がおしおに向けて魔法を放つ、威力の程は実際にぶつかりでもしないとはっきりしない。
「壁よ!」
フラウがおしおと炎の間に瞬時に見えない力を産み出す。何かが炎と衝突して衝撃をあたりにまき散らせた。
「詠唱無しで連続しただと!」
構成の速い魔法使いが居るのは知られている、だが連続で使えると言う話など聞いたことが無かった。土煙を抜けて二人が躍り出る。兵はバラバラな動きで対処するしかなく、次々と脱落していった。
隊長がおしおの強さに敵わないとみて、剣を抜くとフラウを盾にしようとして襲い掛かる。彼女は腰のベルトに水平に収められていた銀のナイフを左手で抜いた。
「さあいらっしゃい」
「そんなもので何が出来る!」
長剣を素早く振り下ろす。その切っ先を銀のアセイミーナイフで受け流す、一度、二度、三度。どうにも柳を切りつけているかのような錯覚を得てしまう。
「くそ! くそ!」
勢いよく踏み込んでくる隊長の隙を見て、今度は退がらずにフラウも踏み込んだ。脇にぴったりとくっつくと、下から斜め上に肩を使って押し出してやる。
「ほーら、あなたの相手はあっちよ」
転倒を何とか堪えた。だがポールウェポンを置いて剣を手にしたおしおが歩み寄って来た。
「貴方の名前を聞いておきましょう」
兵は下手に手出しが出来ずに固唾を飲んで成り行きを見守る。
「くそ! ハイランド軍のベルファレス少佐だ。貴様ら国軍に刃向かってただで済むと思うなよ!」
おしおが眉を寄せる。ちらりとフラウを見た、彼女は好きにしなさいと微笑を浮かべる。
「ベルファレス少佐、貴官は間違っている。軍は必ず処罰するでしょう」
剣を両手で持つと眼前に構える。切っ先を天に向けて。
「どっちの言葉を信じるかなんて決まっているだろ。大体お前は何なんだよ!」
あまりにも多くのフラグが立ちすぎてフラウは興奮してしまう。おしおはブーツの踵を鳴らして姿勢を正した。
「私はハイランド王国軍、オ=スィオール大将! ごたくは要りません、貴官が私に勝てば全て忘れましょう」
「オ、オ――」これ以上ない位に目を見開く。
オ=スィオール大将と言えば、統一戦争で連合軍を率いたハイランド軍の頂点である。国家将軍の地位を与えられている。
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