第四百九十三夜『引き算が出来ない人-checkmate-』

2023/11/05「地獄」「迷信」「観賞用の大学」ジャンルは「指定なし」


 ある所にいわゆる引き算が苦手な男が居た。別に算数が苦手と言う訳では無く、創作や部屋の整理やゲームのたぐいが苦手なのだ。

 創作をしてみると、ごちゃごちゃとどうでもいい事を箇条書きで書き殴り続け、話が全く進まない上、どうでもいい事しか書かないので読みにくい。それだけならまだ良いが、序章と称して創作の設定全てを語り始めるので、端的に言って気分が悪くなるほどつまらない。

 同じ様に、この服は古くなったがまだ着れる、あの家財道具は捨てる気にならない、この塔の様なオブジェは縁起の良い置物らしいから捨てられない、もう二度と読まない遊ばないコンテンツは部屋に山積みと来ている。これでは部屋が綺麗きれいになる訳が無い。

 加えて、そんな性分だからゲームの類も必然苦手と来たものだ。カードゲームに手を出せば、あのカードもこのカードも使いたい、バベルの塔の様な厚みの紙の束を組み上げる。無論、使いカードを絞ってないし、そもそもバベルの塔の様な厚みから欲しいカードをする確率は天文学的に低くなる。

 ロールプレイングゲームやローグライクゲームをする場合、要らないアイテムを整理が出来ず、キャラクターを使って冒険をする事すらままならない。酷い時には、これも欲しい、あれも捨てられないと物拾いをした挙句、彼の操作するキャラクターは荷物の重さにつぶれて死んでしまった。

 そんな彼だが、彼の引き算の下手さ加減は下手の横好きなのである。つまり自分の下手さ加減に気が滅入めいり、新しい趣味しゅみに走るなんて事はしないし、もっと言うと短所と向き合ってスパルタ式の矯正きょうせいなんて絶対行なう訳が無い。

「僕は自分らしく生きているだけだ、ヘタクソだろうが何だろうが、趣味で遊んでいる最中で誰かに指図をされるのはゴメンだね」

 そして今、彼が新しく手を出したのはバーチャルリアリティーの建設ゲームだ。プレイヤーはバーチャルリアリティー用のバイザー兼ヘルメットを被り、主人公は開拓者となって何も無い島を開拓するのだ。ひたすら酪農を行なう者、料理や採掘を行なう者、そして本意である建造物を建てる事……自由に島を自分の形に作り上げる事が出来る、魅力的みりょくてきなゲームと言える。


 彼はさっそくヘルメットを被り、架空の島に意識いしきを向ける。視界に広がるのは緑が広がるが、動植物以外には何も見えない広大な大地だ。

 そして言うまでも無く、彼の悪癖あくへきがここで出た。

「こんなに広くて何も無いと、何でも作りたくなってくるな!」

 まっさらな大地にあれやこれやを建てるのは良いだろう。しかし、無計画に建築物を建てて回ってはいづれか取捨選択しゅしゃせんたくの時が来るだろう。しかし困った事に、彼は引き算をする事が苦手ならば、引き算をする必要が有ると言う考えも頭もすっぽ抜けているのである。

「まずはここに畑と農場を作って、採石場を作るといいらしいって話も聞いたな。それに立派なランドマークを建てて、ランドマークのふもとには綺麗な噴水も作って実際に水が循環する感じに作ろう、ランドマークを建てるなら城をライトアップする篝火かがりびの様な松明も用意したくなってきた、そうだランドマークは僕と言う王様が住む城にしよう! それから立派な街になる様に住宅をたくさんを作って、人が集まるなら学校とかも作りたいな。あとは採石場と一緒いっしょにトロッコとか汽車みたいな交通機関こうつうきかんも作って、それから……」

 彼は無計画に街を作り始めた。別に実際に人が住むのではなく、ゲームの中で人形が住む街なのだから無計画に作っても問題は無いだろう。しかし、これはゲームなのでゲームなりの問題が生じて来る。処理落ちだ。

 彼はあまりにも一カ所に物を作り過ぎた。加えて、彼が建てたランドマークたる城の回りには噴水や篝火が配置され、水が跳ねる様子や炎が揺らめく様子にもこだわった。結果として、彼が街の中心に居るとゲームの中の全てが非常に鈍重になってしまった。

「クソ、何が起こっている? 何故だか知らないけど全てが重いぞ、何もしてないのにこわれた!」

もうこうなると、ゲーム内のプレイヤーキャラクターが方向転換をする事すらままならない。一挙一動を入力して出力するのにも少々お待ちください一分間お待ちくださいと表示される始末……いや、そのアナウンスすら読み込みが入る有様。ついでに言うと、ゲーム内の操作でゲームの電源を切る事だって出来やしない。

「クソ、こんなクソゲーやってられるか!」

 彼はそう言うと、バーチャルリアリティーヘルメットの電源を切るなり外すなりしようと試みた。しかし、ここで彼の思わぬ問題が新しく生じた。

 バーチャルリアリティーヘルメットの電源を切り、いざ外そうとするとコレが外れない。バーチャルリアリティーヘルメットはバイザーを兼ねており、そこにゲーム画面を映すのだから、彼の目の前は現在真っ暗だ。

「何がどうなっているんだ、このクソゲームは!?」

 どうなっているのかと言うと、彼は今現在、家財道具や置物や積んでいる書籍やゲームのパッケージに囲まれて身動きが取れなくなっていた。物があり過ぎて捨てられていない部屋でバーチャルリアリティーのゲームをするのだから、こうなるのも必然だ。

 彼はヘルメットの外がどうなっているのか理解出来ず、我武者羅がむしゃら遮二無二しゃにむにあばれ回った。すると家財道具の上に無造作に置かれた、塔の様な形状のオブジェが暴れた振動で彼の頭部に向って落ちて来て、そして、

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