第四百四十九夜『豆苗の木-jack in-』

2023/09/20「池」「コーヒーカップ」「激しい剣」ジャンルは「指定なし」


 豆苗を台所用ハサミで剪定せんていする形で切り取って収穫しゅうかくする。

 俺は家で豆苗を育てており、三日に一辺程に収穫しては調理して食べている。個人的な好みはニンニクと一緒に炒めたものだが、その日の気分によって何を料理するかは毎回変わる。何より、水さえ与えておけばすくすくと育ってくれて、育成も簡単かんたんだ。

 フライパンに油を垂らし、火にかけて温めた後、フライパンにチップス状に切ったニンニクと一緒に豆苗を入れ、醤油しょうゆをかけてするまで炒める。

 シンプルな炒め物だが、ニンニクと醤油の味が見事な調和を果たして豆苗の持つポテンシャルを見事に引き立てている。とても美味しかった。


 豆苗を台所用ハサミで剪定する形で切り取って収穫する。

 鍋に水を入れて顆粒状かりゅうじょう出汁だしと豆苗を入れて火にかけ、軽く沸騰ふっとうしたら味噌みそを溶かし入れる。

 モヤシの味噌汁とも似た味だが、それ以上に野菜の風味がする、たおやかな噛み応えのやさしくもくえの無い一皿になった。


 豆苗を台所用ハサミで剪定する形で切り取って収穫する。

 バターを入れたフライパンを火にかけ、豆苗をフライパンに投入してするまで炒め、そこにあらかじめ塩と乾燥かんそうハーブを加えた溶き卵を加え、軽く卵が固まったところで菜箸さいばしを使ってかき混ぜる。

 豆苗は炒め物が最高だと思っていたが、この豆苗入りスクランブルエッグは俺の価値観をり替え、ランキングを更新する事となった。これは間違いなく最高の豆苗料理にちがいない! 次は豆苗入りの野菜オムレツか何かも作ってみよう。


 豆苗を台所用ハサミで剪定する形で切り取って収穫しようとすると、豆苗が陽の照る方向、即ちアパートのベランダの方へと向かって一本に結束して幹の様な姿になって伸びていた。

「豆苗ってこう言う物だったけか? 確か豆苗やモヤシは、育てるさいには直射日光に当ててはいけない筈だったんだが……」

 世の中には不思議ふしぎな事があるものである。ひょっとしたら、これまで俺が豆苗だと思って食べて来た物は豆苗じゃなかったのかも知れない。

 豆苗の幹はベランダの方へ伸び進み、上空へ上空へと陽に向って伸び、その先端せんたんは雲の中に突入していた。

「これがおとぎ話なら、この幹を登って行けば巨人の城に続いていて、金銀財宝が待っている事になるな……」

 俺はそう呟くと、包丁を手に持ち、豆苗の幹をへし切った。

 豆苗の幹は思いの外重く、切った先の部分はアパートの外に支えを失って崩落し、雲の中に突入していた幹の先端部が見えたかと思うと池の中へと落ち、ポチャンと水音を立てた。

 俺は手元に残った豆苗の幹のコチラ側を見て、これは豆腐とうふハンバーグの代替品にでもなるのではなかろうか? と考え、フライパンで調理し、大根おろしと醤油をかけて皿に盛った。

 豆苗の幹の断面は、形こそハンバーグに近かったが味は非常に大味だった。

 もう二度と豆苗に日光を当てるのはやめておこう……そう考えながら、俺は口直しにコーヒーをすすった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る