第三百七十四夜『大きな携帯端末を持ってお出かけを-Midās-』

2023/06/25「黒色」「窓」「壊れた魔法」ジャンルは「童話」


 自動車の窓を通して一瞬いっしゅん携帯端末けいたいたんまつを操作しながら歩いている制服姿の帽子ぼうしの少女と目がった。

 何故その少女の話をしているかと言うと、別に少女と目が遭っただけでれたれたと言う程惚れやすい性質でないし、彼女の顔がまるでブラックホールの様に何も無いバケモノだった訳でもなく、増してやその少女が携帯端末を操作しながら歩いているもんで道路交通法に触れる様な事をしでかした訳でもない。その帽子の少女が操作している携帯端末は普通の手のひら大の物ではなく、人の顔面程の面積がある物だったのだ。

 考えても見て欲しい。通常の手のひら大のサイズの携帯端末ならばポケットに入れて持ち運べるが、人の顔面程の面積があるならポケットに入れるのは不可能で余裕のあるバッグを持っていなければならない。そもそもそんなサイズの端末は携帯端末とは言いがたい。

 それに、仮にこの携帯端末で通話をするならそれは大変だ。何せ人間の耳のあるべき場所に受話口が存在しないのだから「もしもし?」と電話に出ても、相手方の言葉が聞こえるのは頭の上となる。

 勿論もちろん、帽子の少女がこの様な携帯端末を使っているのには真っ当な理由が有る。彼女の耳は側頭部ではなく頭頂部、帽子の下に位置しているのだ。それならば面積の大きい端末を使っている理由もうなづける。

 何故その様な事が起きているのか? その帽子の少女は人間でないのか? その様な疑問が湧き起こったが、そもそも耳の位置とは大脳の規格に準じる物であり、高等生物である程耳の位置が低くなり、脳の機能に依存していない動物程耳の位置が高くなる。しかし帽子の少女はその様な様子もなく、普通に端末を操作している様に見える。つまり彼女は普通の人間であり、後天性の変異が生じた結果、耳殻じかくが頭頂部にある様な外見になってしまったが、しかし耳の機能や性質の根底は側頭部にあるまま……いわば耳の位置は変わったが、それは神経が延びただけなのであろう。そうでないと説明がつかない。


 帽子の少女―仮に姓を海馬とするーは取り立てて特別な人間ではなかった。ここで言う特別とは、両親の寵愛ちょうあいと無縁であったとか、学友に自慢じまんの出来る特技が全く無いとかそう言う訳ではなく、本当に一般的な意味で特別な人間でなかったのだ。

 そして何よりもコレが肝要かんようなのだが、特別な人間でないが故にある集団に目をつけられた。即ち、神々である。

 ある時神々の間で、自分達の中で最も歌が上手いのが誰かと言い争いになった。しかし何せ彼らは神々なのである、全力を出して喧嘩けんかをおっ始めては、文字通り地震雷火事親父である。かと言って代理戦争で人間共に代理戦争を行なわせても、それはそれで神々にとって後始末が非常に面倒である。そもそも人間達が自業自得でもなしに自分達のせいでひどい目に遭うのを見過ごす事が出来たら、そもそも神々なんてやっていない。人間達が理不尽に酷い目に遭うそれをやるのは自分達の意志であって、自分達のわざの余波と言うのは本意ではない。

「ふむ、あの人間は我々の直近の血縁じゃない」

「それに我々の寵愛を受けた天才でもない!」

「学び舎での成績も良くも悪くもない……素晴らしい!」

 そんなこんなで海馬じょうは音楽の神々に取り囲まれ、審査員にされてしまった。これにはごく普通の少女の海馬嬢もおっかなびっくりである。

 これから起こる事を先んじて言うならば、海馬嬢は身に余る事だと言って審査員を辞退するべきだった。しかし彼女は普通の人間であり、悪知恵に長けていた訳でもなかったため、訳が分からないまま審査員を拒否出来ず仕舞いであった。

 否が応無しに始まった神々による喉自慢のどじまん大会、の神に始まり、ことの神に続き、笛の神がトリを務め、その歌声は文字通り天国のごとくであった。

 それを聞いた海馬嬢は、素直に思った通りの事を告げた。

「皆さん三人ともすごく上手で、優越なんてつけられませんでした!」

 これが良くなかった。神々は自分こそが一番だと言う自負じふがあり、思った通りの答えが得られなかったのを審査員のせいにした。

「「「この畜生め! お前の耳等こうしてやる!」」」


 それ以来、海馬嬢は日常的に帽子を被って過ごしている。何せ、人間の耳がしぼまり、頭頂部から畜生のーそれこそ馬かロバの様なー耳が生えてしまったのだから仕方が無い。善良で普通な人間では損をすると言う教訓話と言えよう。

 しかしこの話には続きがある。何せ神々の喉自慢大会は引き分けに終わったのだ、誰か一人が勝利を手にした訳ではなく、勝負はお預けになったのである。

 あなたが今日出会った人の中に、顔程の大きさのある端末をまるで手のひら大の携帯端末であるかの様に使っている人は居なかっただろうか?

 もしくは今日あなたが一人で居る時に、天上から「次はあの人間にしよう!」と、そう声が聞こえてくるかも知れません。

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