第百七十三夜『ジャガイモ審問官-Mentor of the Earth-』

2022/11/14「東」「風船」「消えた主人公」ジャンルは「王道ファンタジー」


 気が付くと俺はどこかの市場に居た。周囲は牧歌的で空は青く、どことなくフランスの田舎の様な雰囲気を覚えた。

「これはジャガイモに近い野生の芋なのかな? 話に聞いた、小さいリンゴの様な地下茎ちかけいだ」

 俺は市場でそう独り言半分、店主に聞かせる半分の気持ちで呟いた。俺の言葉に対し、露店の店主は疑問をていする様な顔をした。

「じゃが……? それは海の向こうの代物かい? どこかで聞いた覚えがあるよ」

 なるほど、今この場所ではジャガイモは周知されていないらしい。それではここは、コロンブスが東を目指した航海をする以前のヨーロッパなのだろうか? もしくはコロンブス以前のヨーロッパに近い状態の別の星かも知れない。

 俺がそう考えていると、ガシャンガシャンとまるでロボットが歩くような金属音が後ろから聞こえて来た。振り向くと、全身真っ赤な金属鎧の威圧感が凄まじい偉丈夫いじょうふが俺に詰めよってきている所だった。

「今ジャガイモと言ったな? ジャガイモ審問官しんもんかんだ、貴様を連行する」

 俺は恐怖を覚え、ジャガイモなんとかの言葉に耳を貸さずにその場から走り去った。あの赤鎧が何をどうする積もりか知らないが、俺を捕縛して拷問ごうもんでもする気がする。身に覚えの無い罪で捕らえられ、無罪を証明する事も無く拷問され続ける……いわゆる悪魔の証明と言う奴だ、知らないけど絶対そうだ!

 後ろから金属質の足音が聞こえる。俺は一心不乱に入り組んだ方へと、入り組んだ方へと道を選んで走って逃げる。あの高身長と全身鎧では狭い通路は土台無理だろう、俺は心の中で舌を出しながら一目散に全力で遁走とんそうした。

「へ、何が何だか知らないが、トマトみたいに真っ赤な金属鎧を着ているからだ。ざまあ見ろ」

 家と家の間に位置する路地裏でそう毒突くと、先程と同じ金属音が聞こえて来た。先ほどと同じデザインの赤い金属鎧が、先程よりも更に身長の高い人物が、今度は空手ではなくさすまたを携えてこちらを見ていた。

「今トマトと言ったな? トマト審問官だ、貴様を騒乱のかどで身柄を拘束する」

 そう言うや否や、赤鎧はさすまたを構えて突っこんで来た。俺はこれもまた全力で走って逃げる、この路地裏はどうやら入り組んでいながらも向こう側へ通り抜ける事が出来るらしく、幸いにもさすまたを持った赤鎧をく事に成功した。

「くそ、なんだってんだよ、審問官だと? 二メーターはありそうな身長をしやがって……俺は何も悪い事もしてないし、騒ぎを起こす積もりも無いのに何が騒乱の廉だ……」

 耳に届く金属音、背中を走る悪寒、露地を抜けた前方から見慣れた赤い金属鎧が再三現れた。

「メートル審問官だ、今メートルと言ったな? 貴様は公序良俗こうじょりょうぞくを乱す不穏分子ふおんぶんし見做みな捕縛ほばくする。」

「トマト審問官だ、貴様には黙秘権も抵抗権も認められない。神妙しんみょうにおなわにつけ」

 前方のメートル審問官、後方のトマト審問官。二人の審問官にサンドイッチされて最早進退きわまり、俺は大人しく両手を挙げて、そして言う。

「最後にタバコを一服させてはくれないか?」

 そう口にした瞬間しゅんかん肩に衝撃が走り、手首が掴まれて背中に固定されたのを感じた。

「タバコ審問官だ。全ての喫煙行為、並びにタバコの売買は認められない。お前を危険思想の罪で現行犯逮捕する」


 目が覚めると俺は机の前、白紙の原稿げんこうの前に居た。あれほどうたた寝はすべきでないと経験則で分かっていたにも関わらず、またもやってしまったらしい。腰と尻が痛いし、すっかり硬くなってしまっている。

 ただ、収穫はあった。脳裏にはしぼみゆく風船よろしく細部こそ思い出せないものの、今しがた体験した奇妙な映像がおぼろげにだが残っているのだから、これを手を替え品を替え形を替えて文章に起こせばいい。

 何、書き出せばあとはスラスラと文章は出て来るものだ。


 ここは地球ではない架空の星、その半径は二千万メートルあり、トマトの様な形をした大きな大陸が一つだけある世界でした……

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