第百六十七夜『さかしまの時、あの日を振り返り-double time-』

2022/11/06「動物」「砂時計」「壊れた幼女」ジャンルは「指定なし」


 あなたは糸が切れた様に眠ってしまい、時間が飛んでいた経験はあるだろうか? もしくは、信じられない様な時間睡眠をとってしまった事はあるだろうか?

 これらは実は脳の同期によって起こる現象なのだ。同じ場所の同じ時点に同じ人が二人居て、脳が同期を行なったとする、そうすると脳に強烈な負荷がかかって人は気を失ってしまうのだ。あなたがもし古典作品が好きだと言うなら、バック・トゥ・ザ・フューチャーの登場人物がタイムマシンに乗った自分を目撃してショックの余り気を失うのを観た事があるでしょう、それとおおむね同じである。

 何を言っているのか分からないという方も居るでしょう。これは簡潔に言うと、時間遡行じかんそこうに関する実験の結果からなる報告だ。

 あなたは地獄行きのバスと言う都市伝説をご存知だろうか? 或いは地獄行きのエレベーターと言う怪談はご存知でしょうか? 実はあれらは時間遡行を行なう、一種のタイムマシン。私共は時をさかのぼるタクシーと総称しています。何せタクシーならバスやエレベーターと異なり、詳細な地点まで連れて行ってくれますからね、目的にも因りますが、こちらの方が都合が良い。

 時を遡るタクシーに乗り、詳細な地点を要求しなかった場合、それらが割り出したくさびの様な地点へ勝手に送られますが、それはそれでタクシーが乗客の要求を暗に把握していると言えます。なんともサービス満点ではないだろうか。

 被験者が時間遡行を行った場合、その時点での本来の被験者は気を失う。脳が同期を行なう結果、自分があちらで活動し、こちらで活動し、脳味噌にそのダブった情報が同時に伝わるのだ、無理も無い。

 大抵の場合、被験者は時間遡行を行なった際に強い忌避感きひかんや不安感を覚え、元の時間軸に戻ろうとする。それもその筈、時間遡行者も同一人物の様子を五感として理解出来ているし、元の時間軸には今現在自分が不在であると言う事実もある。現在から人間が消えてしまったのならば、誰がどうやってその人間の存在を証明できるだろうか? 被験者はそれらを本能と感覚で理解しているのだから、ネガティブな反応もする。

 これが地獄行きのエレベーターでやって来たならば、すぐにきびすを返せば帰還は叶う。しかしこれがバスならば少々問題で、元居た場所に返してくれと要求して出発の時間まで待つ必要があるだろう。どちらにしても被験者は恐怖や不安を覚えて元居た場所に戻ろうとする訳で、それ故に地獄行きの乗り物と称されている訳である。

 しかし、これがタクシーならば少々話が変わる。タクシーは乗客の依頼通りに動く物であり、明確な意思を持って利用する機関である。自分の意思で過去に遡って、何かを成す人だけが時を遡るタクシーの利用者になれるのだ。

 何をそんなに時間を遡りたがっているかは個人に因るとしか言い様が無いが、過去に遡って、しかも当時の自分を昏倒こんとうさせてまでやりたい事があるのだろうか? タイムマシン等に頼る様な連中は、まことに時間の使い方がヘタクソとしか言い様が無い。


 今から十年前、ある女の子が糸が切れた様に昏倒し、そのままそれっきり植物状態になった。原因は不明、今何を考えているかも不明、仮に彼女がこの様な怪現象に見舞われなかったら何をしていたかも不明。

 強いて言うなら、植物状態になる前の彼女は将来への希望に満ちており、この様な事態を回避する手段があるならば、何としてでも自分に降りかかる不幸を退けるために何でもするだろうと言う事か。

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