第五十三夜『ある愛の形-AI-』

2022/07/02「東」「墓標」「バカな関係」ジャンルは「SF」


 人間の愛は変わってしまった。

 あるカップルは同性愛者と公言し、ある女性は自分を男性と称して自分を女性だと称する男性と結婚し、偽装結婚や仮面夫婦、そして配偶子バンクが横行した。

 しかしこれらの人達は、人々からやり玉に上がる事は多くなかった。それだけでは昔からある事だし、他人の異性の好みに口を出すことは下品で野蛮だと言う認識が人々の間で広まった。

 変化はそれだけに留まらず、ある者は絵画と結婚し、ある者は人形と結婚する、故人と結婚する者も出るし、国と結婚する者や車と結婚する者も居た。

 こう言う事をする人は面白おかしく取り上げられたが、当人らは大真面目に対応し、指摘されても怒ったり恥ずかしがる事はそうそう無かった。

 なるほど、この人は真剣に愛を持っているんだな。そう考え、野次馬もマスコミも人間以外と結婚する人をからかう様な事はしなくなった。いいや、真剣な人をバカにしたら今度は自分が下品で野蛮だと噂や報道をされてしまう! そう考えて、人間と人間以外の婚姻を美談にして人から人へと伝える様になった。すると人々は、なるほどそういう物か。と、納得し、それが自然だと思う様になった。

 民衆や報道機関が落ち着いたのならば、次に騒ぎ始めるのは企業である。絵画や人形がまるで生きている人間である様に、モニターの中で動く装置を作った。それを見た競争企業は、故人のデータベースから本人ならどう言動を成すかまとめて、人工知能を作り上げた。この競争で描画、立体映像、人工知能、ロボット、人工筋肉や人工繊維と言った分野の技術は目覚ましい進歩を遂げた。


 ある所に仲睦まじい男女が居た。二人は夫婦で、子供はまだ居ないが財産は豊富にあり、そして何よりお互いを海の底よりも深く愛していた。

 ある日夫が亡くなった。自然死とか病死ではない、事故死だ。

 妻は事故でぐちゃぐちゃになった最愛の夫の遺体を見て、気が触れてしまった。夫が亡くなった事を受け入れられず、記憶の連続性が保てず、夫が亡くなった事を指摘すると頭の中でタイムマシンが作動したり、或いは気絶してしまうのだ。

 これを気の毒に思った互いの家族が、未亡人になった娘の為に東へ西へと国中に相談をし、一つの結論へと辿り着いた。

 娘がおかしくなったのは、夫が亡くなったせいだ。故に、夫そっくりのロボットを作ればいい。幸い市場には人格の再現や、本物の人間と見紛うロボットや人工知能と言った技術が、文字通り売るほど有るのだ。これらで生きていた頃の娘の夫を再現してプレゼントすれば、きっと娘は元に戻る筈だ。

 このプロジェクトは迅速かつオープンに進められた。何せ世論は人間と物の婚姻は普通にある事と認めているのだ、それに加えて今回はロボットが心の壊れた人間を癒そうとしているのだから、マスコミや技術屋が黙っている訳が無い。

 計画は順調だった。夫の再現ロボットを見た妻は何事も無かった様に回復し、日常生活を送り始めた。夫ロボットの方も、最初は所々片言で言動が怪しかったが、搭載した人工知能のお陰で最適な言動を取るようになった。

 彼女の尊属達は娘を騙している事、娘がロボットを本物の夫だと思っている事、世間が娘とロボットの愛を半ば見世物にしている事を認識していたが、娘が壊れて不幸で可哀想にしているよりはずっと良いと判断し、これを良しとした。

 そんなこんなで月日がしばし流れ、ある問題が発生した。夫ロボットの目の前で妻が事故死したのだ。遺体はぐちゃぐちゃになり、人間らしさを搭載した夫ロボットは気が触れた。

 お前はロボットなのだから気が触れる訳が無い。と諭したが、相手は人工知能で人間らしさを数年に渡って会得した人間の振りのベテランなのだ、自分をロボットだとまるで認識していない。

 これだけなら問題は簡単だ、用の済んだロボットは取り壊すなり、初期化すればいい。

 しかし世論と状況がそれを許さない。報道機関は人間を癒し愛するロボットと言うストーリーを大音声で喧伝し、役割が終わったから静かに休ませてあげようと言うならまだ良かったが、夫ロボットは、妻はどこだ! 妻はどこだ! と暴れまわる。人の心に目覚めたロボットを殺すのか? 伴侶を作ってあげるべきだ! と民衆は口撃する。

 そもそも人間とロボットの婚姻が認められていると言うのはどういう事か、つまりはロボットには人間擬制が認められているのだ。

 要するにロボットは人間では無いが、ロボットは法的に人間であり、ロボットは法的に人間だから人間なのだ。最早海千山千のインチキ弁護士でも、この状態からは逃げられない。何せ自分でロボットは人間だと主張したのだ、ロボットはロボットだと言ったら地獄の閻魔様に舌を抜かれてしまう。

 夫ロボットの持ち主たる娘の尊属達は仕方が無しに、夫ロボットの伴侶となる妻ロボットを作ってやった。人間擬制による人間ロボットの、人間擬制による人間ロボットとの結婚だ。法的に言えば、人間と人間が結婚した事になる。

 これにはマスコミや民衆は大喜びで、これこそ真実の愛だと声高に賞讃した。もはや二人の愛は、何人にも妨げる事は出来ない。

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