ほんのり怖い不思議なお話
山井縫
第1話 公園の片隅にたたずむ者を観た私は
まさみさんという女性が小さかった頃の話です。小学校低学年の頃、近所の公園で友達と遊んでいました。その時、ふと公園の片隅に眼をやると、黒い服を着た男の人が背を向けて立っています。
後ろ姿しか見えないので、はっきりはしません。が、公園を囲う金網越しに対面の家をじっと観ているようです。
幼心に変な人だなと思いましたが、友達から声をかけられて我に返った彼女。すぐ遊ぶのに夢中になり、そんな事は忘れてしまいました。
ところが次の日にも、次の日にも男の人は同じ場所に立って向かいの家にジーっと顔を向けています。そして、自分が帰る頃にはいつの間にか姿を消しているのです。
流石に気になりました。そこで帰りがけ「ねえ、いつもいる、あのおじさん何してるのかな?」男性の事を友達に聞いてみました。ところが友達は、
「え?おじさんて誰?」
などと聞き返してきます。他の子にも尋ねてみましたが答えは同じ。友達は誰一人そんなおじさんをみていないといいます。
片隅に立っていたから気づかなかったのかな?でも、毎日居て気づかないことなんてあるのかな。そう想った彼女は「公園の片隅にいるはずだから、明日どんなおじさんか観てみてよ」と言って友達に頼みました。
ところが、翌日の事。公園に行くとおじさんがいません。
「なんだ、やっぱり誰もいないじゃん」
「おかしいな、そんな筈ないんだけど……」
友達の言葉に首を傾げましたが、今日はまだ来てないだけで、これから来るのかもしれない。そんな風に考えながら時が過ぎました。しかし、結果その日帰る時間になるまでおじさんは姿を現すことはありませんでした。そしてそのまま話はうやむやになってしまったのです。
ところが更に翌日の事。いつもの様に公園に行くとなにやらザワザワと騒がしい感じがします。
何かと思って視線を向けてみると、公園金網対面の道に黒塗りの大きな車が止まり、後ろの扉が空いていました。
周りに何人か人が立っています。みんな黒い服を着て暗い顔をして、中には泣いている人もいました。
それは、お葬式でした。丁度家の中からお棺を担ぎ出す所だったのです。幼いまさみさんにも、あの家の人が死んだんだ。そう察することが出来ました。
知らない人、知らない家の事。だけど、なんだか、怖いような、悲しいような、それでいて、好奇心をそそられるような気持ちが沸き起こります。
ぼんやりとその光景をみていると、ふと、ある事に気づきました。車を取りまいている人たちと少し離れた位置。男の人がその様子をみているのです。その人は笑っていました。声を高らかにあげて、笑っていたのです。
まさみさんは男の人を観てすぐに気付きました。
『あのおじさんだ!』
正面から顔は見たことはありません、でも、背格好、髪型、間違いなくあのおじさんでした。気づいたと共にまさみさんは、その異様さに怖くなりました。でも、なぜか顔を背けることが出来ません。
笑い声をあげる男に釘付けになったまま、みじろぎもできなくなりました。
「くっ、くっんっくっくうう、んっ……」
怖くて怖くて、ついにまさみさんは泣き出しました。ボロボロと涙をながし、声をあげてなきました。するとふいに、
「まさみちゃん、どうしたの!」
友達が声をかけてくれました。その声が耳に入ると同時に返ります。
ああ、よかった。ほっと、一息つきました。
そして「あのね……」
事情を説明しようとしましたが、それを遮るように訝し気な顔で友達はこう言ったのです。
「まさみちゃん、何がそんなにおかしかったの?」
え?どういう事だろう。意味がわかりません。
すると、友達は続けてこういいました。
「だって、まさみちゃん、あそこをみながらずっと笑い声あげていたじゃない。なにがそんなに、おかしいの?」
なんと、泣いていたと思っていた自分は笑っていたらしいのです。
そういわれると、なんだかとっても愉快で楽しいと思っている自分にきづきました。けれど、直にそう思っている自分になんだか怖くなり、
「今日はもう帰る」といって、そのまま逃げ帰りました。
10年以上経った今でもその事は鮮明に覚えています。本当に本当に不思議な体験。でも、中でも一番まさみさんにとって不思議な事。
それは笑っていたおじさんの顔です。はっきり見ました。目や鼻、眉などパーツパーツは未だ記憶の中に残っています。それにも拘わらず、肝心の顔がどのようなものだったのか。今日の今日まで思い出すことができないのでした。
(了)
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