攫われの鬼
小さな庵は苔生している。
昔はよく手入れをされていた庵は、今や梁と崩れかけた屋根を残し、緑の草たちの住処と化している。
小さいが珍しい作物を植えていた庭も今では雑草に覆われ、見る影もない。
「寂しや」
小さな影が呟く。
「御方様がお帰りにならんこの山はつまらんの〜」
細長い影も呟く。
「人間に化かされて攫われてしまうなんて、御方様らしい頭の弱さだの」
姿のない者も呟く。
「そんじょそこいらの大妖より長生きなのに、赤子のような方じゃったからの」
「人の愚かさを学ぶという事がない方だったの」
「恩を仇で返されても、天変地異の一つも起こさぬし」
「彼の方は妖力のよの字もなかったからの」
「空も飛べんし」
「地にも潜れん」
「水も歩けんし」
「兎に角なーんにもできん御方だったの」
妖達は大笑いする。
「でも御方様が笑うと暖かだったの」
「御方様の『じゃむ』、甘かったの」
「どんな話でも笑って聞いてくれたしの」
しかし大笑いは長く続かず、その場はしんみりとしてしまう。
「もう戻って来られんのかの」
ポツンと誰かが呟くと、何処からともなく、いくつもの溜息が吐き出される。
庵の主人が姿を消して、妖にも長い月日が経った。
「……そう言えば、東の御坊が御方様の大犬に会ったらしいぞ」
「ほほう、御方様のお話も聞けたのか?」
「元気でやってる、とだけ」
妖達は情報の少なさにがっかりしながらも、安堵の息を吐く。
「まぁま、元気でやってるなら、そのうち戻ってくるかも知れんしの」
「妖力は出がらしの茶っ葉程もなかったが、霊力は垂れ流しの、霊泉の如き方だったからの」
「うむうむ。並の人間なら無意識に蹴散らせる方だしの」
「お元気なら何よりだの」
口々に言った後、大きな溜息が重なる。
「「「「寂しや」」」」
主人の去った山はひっそりと静かな春を迎える。
妖達は去った主人を偲びつつ、主人が好きだった花々を愛でる。
花々は主人が去った春と同じように咲き誇っていた。
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