第四話 魔法薬作り
特に何も起こらないまま一週間が過ぎた。
俺はやるべきことを見つけられずにいたので、とりあえず魔法薬の調合に明け暮れていた。
だいぶこの体の扱いにも慣れてきて、この体に宿っている知識も取り出せるようになってきた。
そのおかげで魔法薬の調合も今のところは上手くいっている。
別に何もしなくても百年は問題なく暮らせる財産がこの体にはあるのだが、それでは退屈の極みだ。
俺は焦っても意味はないと思い、気楽な魔女暮らしをすることにした。
「魔法薬の買い付けに来たので、失礼しまーす」
そう言って入り口のドアを開けたのは、前に夜の歓楽街で会ったあのサラちゃんだった。
この事務所に客が来たのは、俺にとっては初めてのことだし、何だか身が引き締まるのを感じるな。
「どうぞ、サラちゃん」
俺がにこやかな顔で促すように言うと、サラちゃんは気負う様子もなく部屋の中に入ってきた。
「相変わらずアーリアさんの事務所は女の子には足を運び辛い場所にありますね。この建物の中に入るのはちょっと恥ずかしいです」
「それは私にも分かるよ。他の店がアレだからね……」
この建物に取り付けられている集合看板は子供や女の子にとっては目の毒だ。男以外にこの建物に寄り付く奴なんていないだろう。
「なら、事務所の場所を移したらどうですか? 魔法学院への通学路になってる商店街なんて良いと思いますよ」
「そうは言っても、世を忍ぶのが魔女って生き物だからね。あんまり目立つところに事務所を構えるのはトラブルの元だよ」
この体に完全に慣れてしまうまでは注目を浴びることは控えた方が良い。
敵はどこに潜んでいるか分からないからな。
「それもそうですね。じゃあ、酔い止めの魔法薬を買いにきたので、千二百ルビス分ください」
ルビスというのはこの国のお金の名前だ。
大体、百ルビスでジュースが一杯飲めるし、千ルビスあれば食堂で牛のステーキが食べれる。
感覚的には日本の円とあまり差がない。
「分かったよ。酔い止めの魔法薬は少し作り過ぎちゃったから、サービスとして袋には多めに入れておくね」
「ありがとうございます。やっぱり、アーリアさんは良い魔女ですよ。他の偏屈な魔女たちも見習って欲しいですね」
「誰か嫌な魔女でもいるの?」
すぐには知識を取り出せなかったので、そう尋ねていた。
「そりゃいますよ! 魔法学院を主席で卒業したって言う、ルデリア・アルベールなんて簡単な魔法薬でも目が飛び出るような値段で売るんですよ!」
「ルデリアねぇ」
あの高飛車なお嬢様のことだね。確かに、あの子は私も好きになれないなぁ。
って、俺の思考を乗っ取るんじゃない、アーリア!
「しかも、ルデリアは自分専用のギルドまで作って、魔女の世界では横柄な感じに幅を利かせていますし」
「そっか。ま、あんなのと張り合っても疲れるだけだし、私はここで細々と暮らしていければそれで良いよ」
「さすが庶民の味方のアーリアさんですね。そこらの魔女とは心根が違います」
サラちゃんはキラキラした目をして、こちらのことを手放しで褒めた。
もし、サラちゃんがこの体の中の精神が冴えない三十過ぎの男だと知ったらどんな反応をするか。
それは凄く怖いことだが、この世界で魔女として暮らしていく以上、そういうコンプレックスは吹っ切って見せるしかないんだろうな。
「そこまで言われると照れちゃうし、私も自惚れることがないように精進するね」
「その意気ですよ。アーリアさんの心の広さと向上心は私も見習いたくなります」
「そっか。でも、サラちゃんにはサラちゃんにしかない良いところがあるんだから、私を見習うのは良いけどそれは大切にね」
この含蓄のある言葉は俺とアーリアの心が混じり合って生まれたように思えた。
「はい!」
サラちゃんが元気の良い返事をすると、俺は酔い止めの魔法薬を慣れた手つきで袋に詰め始めた。
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