5

 バノンはふたつのことをルービィに尋ねた。

 ひとつは、下手人の武器は確実にその剣であるのか。もうひとつは、その下手人が彼女のかつての仲間である可能性はないのか。


 あの斬り方はあの剣でしかできないはずだ、と彼女は答えた。見てきた現場は、森の木がかなり遠くまできれいに、かつ水平に切り倒されていたのだという。行く筋もの斬り痕も残っていた。例の『強い剣』と『素早い剣』でしか成し得ない芸当だ、そうでなければ類似の何かだ。人智の成せる技ではない。


 もうひとつの疑問も、同じ観点から答えは出た。剣を手に持って水平に薙ぐからには、その人物の身長によって切断面の高さはおおよそ決まってくる。いくつかの切断面から考えるに、彼女のかつての仲間とは身長が随分異なるのだそうだ。かなり大柄な体格であろう、とルービィは推理していた。そして、彼女を含めた生き残りにも、かつて剣を無理矢理持たされた被害者にも、全く該当しないと。




 部屋に引っ込んだまま出てこなくなったエリュートの代わりに、バノンはあることを調べ始めた。干からびた死体、もしくは異様に老いさらばえた死体が出ていないか、という情報。

 宿の仕事の合間に尋ねるだけで簡単に情報は集まってきた。あとは頻発した時期を絞り込み、その前後で行方不明になった人物を割り出す。


「いや……これか……あからさまにこれ、だな」


 割り出す、つもりだった。だがその必要はなかった。


 四ヶ月前、辺境警備の騎士達が変死体で発見された。

 魔物が多い山際の巡回で、確かに危険性は高い仕事ではあった。が、それに見合った騎士達が派遣されていたはずだ。その彼らがあまりにも不自然に干からびた状態で打ち棄てられていた事件は、しかし、さほど珍しいものとしては扱われなかった。有り得ない話ではなかったからだ。騎士団による警戒態勢が強まりはしたが、不幸な事故として結論付けられ処理された。そのような場所であったから。そのような任務であったから。

 遺骨を弔うべく、乾き砕けた骨を整頓している時に事実は判明した。五人一組が基本であったはずなのに、頭蓋骨は四人分しかなかった。だが、魔物に食われてしまったのだろうと誰もが思った。これもまた珍しいことではなかったからだ。


 これだ。バノンは書き散らした紙片を並べて確信した。直感ではあったが、それ以外に見当たらないというのも事実だった。この事件を境に干からびた変死体の情報が頻発し、そしてしばらく後に消えている。宿屋の主人として様々な依頼を受け、冒険者達に仲介し、結果を聞いてきた経験が「これだ」と叫んでいた。

 関連性のないように思える事件が、どこかで繋がっていることはよくある。一つの事件にいくつもの要因が絡むのと同じように。意図しようとしまいと、一つの線でつながるものがある。


 この五人のうちの一人が下手人だ。それぞれの人となりを調べればもっとはっきりするかもしれない。体格も調べねばなるまい。十中八九この巡回時に「得た」のだ。魔物が持っていたのかもしれない。突然現れたのかもしれない。その点に関しては分からないが、ここで入手したのは間違いなさそうだ。そしてそのまま「使った」のだろう。道具はその力を遺憾なく発揮した。

 下手人は剣を使いこなし、そのまま現在へと至る。未だに使っているのだ。その、剣を。




 この奇妙な確信を、エリュートはもっと早い段階で得ていたのだろう。これ以上調べる必要はないと結論付けている。故に彼は今、部屋から滅多に出てこない。こちらから促さなければ食事も取らないのだ。

 本日に至ってはメシを食いに出てこいと呼んでも反応すらなかった。仕方なく、忙しい時間帯が過ぎた後ではあるが、ありあわせを適当にパンで挟んで蝋引き紙で包んだものをいくつかこしらえて持っていくことにしてやった。


「おーい、生きてるかー、入るぞー、嫌なら今のうちに嫌って言えー……入るぞ」


 部屋のドアを開けようとして、まず最初に感じたのは、何かが扉に引っかかっている感触だった。


「紙か? これ紙だな? お前何やって……ってお前ぇぇー」


 部屋の床一面にびっしりと紙がばら撒かれていた。紙には全て魔法陣が書いてある。


「いいところに来た! バノさん、ちょっと手伝ってくれないか」

「その前にメシを食え! メシ! あと水!」

「うん、食べる食べる。で、これもうちょっと圧縮できないかなと思って」

「あーあーあーあーもう足の踏み場もねえじゃねえか。まったくよぉ……ほれ食え」

「ありがと。あの辺、あの辺行けそうな気がするんだ、何か引っかかるんだけど出てこないんだ」


 渡された包みを無造作に開け、中身を見もしないで食べ始めるエリュート。指差す先はこれまた魔法陣の書かれた紙で、性質の区分けのために色違いのインクが使われており色彩がごちゃごちゃしている。紙と紙の僅かな隙間を爪先立ちで移動して、バノンは紙を覗き込んだ。手に取ることはしない。配置を考えた結果がこれだと察したからだ。

 魔法というものは小さな一つ一つの術式の積み重ねである。これをこうするとこうなる、という現象をひたすらに愚直にぶつけていく行為。魔法陣はその道筋を書いたものであり、現象が起こる取っ掛かりであり、現象が起こっているという道標でもある。今この場で、この紙に魔素を叩き込んでやればそれぞれが連鎖し大きな魔法が発動するはずだ。ただし、圧倒的に魔素が足りない。あまりに膨大すぎるのだ、魔法陣が。

 大量の紙に書かれた一つ一つの陣は、全て連鎖するようになっている。何か大きな結果を生み出すための道筋がいくつにも枝分かれし、まるで大きな木のように広がっている。広がりは上の枝葉と下の根に分かれており、紙を一枚めくってみればその下にも魔法陣が展開していた。上下と前後左右に密接に関わり合っているのだ、一枚として勝手に動かすわけにはいかない。


「何をやらかすつもりなんだか。足んねえだろこんなの」

「魔素かい? それに関してはなんとかするよ。目処がついているので。それより問題なのは、これ全部発動するまでに時間がかかりすぎるってこと」

「はー出たよ! 速度偏重主義者め!」

「今回に関しては、威力偏重主義たるバノさんも満足する内容だと思うよ。ま、それは追々説明するとして……ご覧の通り、この有様だから」

「そうだなぁ……端折れるところは端折りてぇわな。えーと、えー……この辺だっけ? ええと、これは土のやつか。上に土持ってくんのか?」

「そう。上じゃないと駄目」

「上、ええと上、土だから、どっか下にもあるんだろ土」

「主なところはあっちの下」

「反対側か! じゃあこれ真っ二つにして半分持ってきゃいいんじゃねえか?」

「え、真っ二つってどこで切るの」

「切れる切れる、ちょっと来てみろ。ここの式あるだろ、これ開くんだ。で、ここから分ける」

「ええぇー? そこ? そこ開いてしまうんだ? その考えはなかったな。開いて……概念自体がなかった」

「ジスカール流派は隙間を突いていくのが基本だからな。俺は寧ろ、お前みたいな基本に忠実でカッチリした展開の仕方とか羨ましいぞ」


 学生の頃のように、目の前の魔法陣と術式にだけ意識を向けて喋っているのは楽しかった。

 この、実際に展開したら何が起こるか分からないシロモノでエリュートが何をしでかそうとしているのか。そこに関しては触れなかった。仮に触れたとて、止めたとて、なんの意味があっただろうか。

 バノンは止めなかった。エリュートの望みを、止める気は無かったからだ。たとえそれが破滅への道筋であったとしても。

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