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 不審な事件の情報を得てから数日後。赤鴉亭のカウンターに、エリュートの姿があった。


「お前、その格好」


 分からないのか、と無言で見つめ返してくるエリュートに、バノンは大げさな溜息で返す。


「旅支度ってのは分かる。俺が言いたいのはそこじゃねえ。どうしてお前がそんな格好してこんなとこにいるんだって聞きてぇんだよ」

「仇討ちの旅に出るからさ」


 眉根を寄せたまま、カウンターを越えんばかりに身を乗り出すバノン。あまり大きくはない声で、エリュートの耳に言葉を叩きつける。


「殺されたのはお前の伯父だろ? 実の子供とかならともかく、甥のお前が仇討ちなんぞせんでもいいんじゃねえのか?」

「さすがバノさん、当の昔にご存知か。なら、細かいことは話さなくても良さそうだね」

「そうはいくか! つうかだな、そもそも仇討ちなんざ今どき流行らねえぞ? んなもんどこの誰がやってるっつうんだよ」

「それはまあ、君以外にも同じことを言われたよ。主に血縁から」

「身内から言われてんじゃねえか! だったら尚更……」

「これは」


 強い視線が真正面からぶつかってきて、バノンは言葉を失う。


「これは、僕の仕事だ。たったそれだけさ」


 端正な顔に似合わぬ、ぎらついた目。彼から人を遠ざける原因のひとつ。久々にそれを浴びてようやく思い出した。こうなったらテコでも動かぬということを。バノンは盛大に溜息をつき掌で顔を覆った。


「……仕方ねえ、分かった。お前が引かねえ、引く気なんざ一切ねえってことはよく分かった。それを踏まえた上で、だ。ここに来たのは、ただ昔馴染に顔を見せに来た訳じゃねえだろ?」

「それはそうさ。しばらくここを拠点にさせてもらいたいと思ってね」

「それと?」

「奴に関する全ての情報が欲しい」


 おやつの焼き菓子でも差し出すように、硬貨の詰まった革袋が鞄から現れる。カウンターの上に置いた時の音で分かる、金貨ではない、白金貨だ。


「僕自身も勿論調べるが、限界がある。その辺りは君の方が圧倒的に優れているだろう?」

「お褒めに預かり恐悦至極。お前が一人で調べるよりずっと早く、より正確な情報を提供できる自信があるぜ」

「そうこなくちゃ」



 殺されたのはエリュートの伯父であるレジナルド・セルシウス三世。彼はエリュート達三人の兄弟の養父であり、この国の魔導兵団の副団長でもある。

 エリュート達の父は数年前に病没しており、こころよく彼らを引き取ったのは伯父である。その恩義か? いや違う。エリュートを見つめるバノンの胸中には違和感が滲んでいる。

 弟二人にも仇討ちの任は負わせず、エリュートたった一人で全てを行うと言う。端から見るぶんには弟想いの責任感ある兄、のように思える。だが、残念なことにエリュートはそのような人間性ではないのだ。弟たちが大事ではない、というわけではないが何かが違う。

 その違和感を、バノンは言葉にできないままでいる。


 被害者の一覧に殺害現場の位置も書き足した紙切れを、エリュートは真剣な顔で見つめている。大人になっても未だあどけなさを残す顔立ちに、ほんの僅か浮かんだのは笑み。


「僕の予想は、当たっているみたいだ」

「……何だって?」

「そんなに複雑なものではないよ。統一性がないというのが一番の証拠さ」

「エリュ、その重要なとこ飛ばして喋るのやめろぉ」

「ふふ、僕がそうやって喋るの、君が分からないわけないだろ」

「今はまだ言いたくねえってか」

「それもあるし、僕自身がまだ確証を得ていないから説明しきれないのもある。説明したとしても……君に、理解、は、してほしくない」


 意図を計りかね、しかしバノンはそれを汲んで言葉を継がなかった。彼の対応に満足そうな笑顔を浮かべてから、エリュートは立ち上がる。


「さて、適当な部屋を一つ案内してくれないか。狭いところで構わない」

「うちの宿はな、全部おんなじ大きさの部屋なんだわ。おめーのことだから室内で何かやらかすんだろ、窓の多いとこにしといてやる」

「助かる!」

「いや、部屋の中で何か燻したり調合したりしないよ、と返してほしかったんだがなぁ」

「それは無理な話だなあ!」

「元気いっぱい否定しやがって!」

「あ、そうだ、ねえねえこれ見ておくれよバノさん」

「しれっと流すな!」


 部屋の鍵を手にとって振り返り、バノンは息を呑んだ。頑丈そうな旅用の外套、その下に隠れていたのは。


「今回のために作ったんだ」


 漆黒の法衣であった。彼の操る炎と同じ色。

 魔法使いは自身の魔法発動補助のために、己の使う魔法に似た色の法衣を纏うことがある。頭に思い描くことが魔法発動の基本であるため、色を合わせるだけでも十分に効果を得られるのだ。

 だが、エリュートの法衣はそれだけではなかった。紫色と金色の刺繍、装飾に用いられた宝石、その全てが魔法発動補助のためのものでしかなかったのだ。刺繍はよく見れば魔法陣の一部を描いているし、宝石は魔晶石である。分かる者が見れば嫌でも分かる、攻撃に特化した法衣。まるで、戦う意志が衣にでもなったような。


「そこまでして、仇を討ちたいのか」

「さあ……それとは、ちょっと違うかもしれないよ」


 そうだ。エリュートに悲壮感は見受けられない。ならば、何が彼を駆り立てるのか。

 バノンには分からなかった。まだ、このときは。

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