7.初夜なのにお腹が膨らみました
あれも食べろ、これも食べろと。
勧められるままに口に運んでおりましたが、さすがにもう食べられなくなって手が止まります。
結婚式の際にお腹が膨れてはならないと、昨夜からあまり食べずに過ごしていました。
結婚式後に侯爵家の関係者の皆様や、侯爵様が親しくされている方たちだけの晩餐会もありましたが、挨拶に忙しくて、それからきつく締められたコルセットが苦しくて、あまり口にすることは叶いませんでした。
目にも美しく、美味しそうな料理ばかり並んでいたのですけれどね。
ですからこれは嬉しい配慮なのですが……夜分にこんなにもお腹を膨らませてしまって本当に良かったのでしょうか。
しかも夫婦としては初夜となるはずだった時間です。
このお腹はとても晒せませんが……。
ま、関係ないでしょう。
私たちは白い結婚となるはずですから。
「お腹が空いていると、良からぬ考えが浮かぶものだからな」
侯爵様がぽつりと零されました。
これには私も同感で頷きます。
すると誇らし気な形で侯爵様の口角が上がりました。
もしかして子どもらしいところを残した人なのでしょうか。
目を細めてこちらをよく睨まれておりましたから、気難しい性格をされているのかと思いましたけれど。
これは慣れれば、領地の彼らのように可愛がれそうな気がしてきます。
私は湧いてきた自信と共にお茶を味わいました。
すかさず侯爵様は聞かれます。
「そのお茶はどうだ?」
「とても美味しいです」
「それは良かった」
どうしてそう、安堵したように仰るのでしょう?
「いやな、ここではラベンダーを食す概念がないんだ。それで茶に使えと言ってはみたが……気分を悪くしないで欲しいのだが、それが限られた人数になってしまってな」
「ラベンダー入りのお茶を好んだ方が少数だったということでしょうか?」
「あぁ、気に入って好む者はいるんだ。だがそれでも君のところのように、大量に使うことに対しては疑念を晴らせないようでな。最初は少し香るくらいにして、君が来てから量を調整すると言ってきかなくて」
それが侍女の話だとすれば、侯爵様はこの屋敷の当主でありながら侍女を従えることが出来ていないということになります。
せっかくつい先ほど安心したところでしたのに、また不安が募ります。
という私の憂いが、どうやら顔に出てしまっていたようなのです。
「普段からこうではないぞ。いつもは屋敷の者たちも私の意見に従ってくれている。だが、君を──。つまり私が──、その──女性のことなど分からないだろう、ということでな」
想い人はいらっしゃるのに、配下の者からそのような認識をされていたのですか?
これはどちらなのでしょう?
秘密の恋なのでしょうか。
それとも……。
あぁ、分かりましたとも。
興味のない女の気を惹く方法は、分からないということでしょう。
たった一人の恋い慕うその方のご希望ならば、よく理解して、叶えられると。
そういうことではないでしょうか。
けれどもこの件はこれ以上聞いてはならないような気がしましたので、別の気になることを尋ねます。
私だって、気遣いは出来るのですよ?
従姉妹たちからは、王都に出ないからそういうものが足りないのだと、よく言われていましたけれどね。
足りて……いますよね?
「我が領でラベンダーを食していることをご存知で、ご配慮いただけたのですね?」
ほら、ちゃんと気遣って、お礼を伝えることだって……。
また何か間違えたでしょうか?
侯爵様の眉が歪みました。
「あの、気分を害するつもりは──」
「すまない。君の言葉に問題があったわけではないんだ。それより、もう食べないのであれば、君に聞きたいことがある」
「はい。なんなりと」
食事中でも聞いていただいて構わなかったのですけれどね。
侯爵様もとても気遣いが出来る方のようです。
そんな侯爵様は一段と渋い顔をなされたあとに、苦渋の想いを吐き出すかのごとく、こう言いました。
「その……、先に言った『あなたを愛するつもりはない』、あれはなんだろうか?」
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