3.お飾りの妻には勿体ないお部屋です

 改めてお部屋を眺めますと、不思議な気持ちになります。


 張り替えて頂いたばかりだと分かる真新しい花柄の壁紙に、一目見ただけでも一級品と認識出来る見事な細工を施された家具が並ぶこのお部屋に文句があるわけではございません。

 使われているファブリックも淡い色味で統一されていて、まさに私好みの部屋なのですが。


 あの懐かしき部屋、幼い頃に何度も忍び込んだ亡き母の部屋に重なるのです。


 いずれは弟の結婚相手の方が使う予定でしたから、私が使用することは叶いませんでしたが。

 いつかあのような部屋を……と願っていた少女の頃を、この部屋にいると思い出してしまいます。


 とはいえ、この部屋は我が家のあの部屋よりも壁紙から家具、調度品にいたるまで、そのグレードはアップしていることでしょう。

 我が家に資金がないわけではありませんが、装いに掛けるお金は二の次、三の次のところがございましたからね。

 亡き母は何年も掛けて少しずつあの部屋を完成させていったのだと、父からこっそり聞いたことがございます。


 侯爵家ではその辺の価値観が違っているのでしょう。それはこれから学ばなければなりませんね。

 結婚して家に入ったからには、こちらの侯爵家の伝統や思想を継ぐ覚悟はございます。


 たとえ侯爵様にとっては、お飾りの妻であろうとも。



 私は改めてこれからの暮らしについて考えてみました。


 侯爵様の愛する方がこのお部屋を使うのでしょうと思っていたのです。

 そして私は、この屋敷のどこか隅の方にお部屋を頂くのかな、と。


 そもそもこの屋敷に到着してからは、ずっと客間を利用していたこともあって、お飾りとなる夫人の部屋など用意していないのかしら、と疑っていたくらいでして。


 結婚式後に案内されたということは、これからもこのお部屋で暮らしてもいいということなのでしょうか?


 こんなにいいものをあえて知らせてから取り上げるだなんて、悪趣味を持たない方だと信じたいものです。

 それでも別の方が使うとなれば、私はこの部屋をすぐにでも出て行こうと思っています。


 想い人となる方を側に置かれたほうが侯爵様も幸せでしょう。

 私は別に愛を求めてこの地にやって来たわけではありませんからね。


 夫人として何か仕事を頂ければ有難いなぁとは思いますが。

 王命の通りに結婚したこと、これで私の令嬢としての大仕事は終わっています。


 あとはこの地で粛々と王命に従って侯爵家の夫人であり続ける、それだけのことです。

 お飾りとして必要な振舞いがあるのであれば、当主であり夫である侯爵様の指示に従うだけ、それでいいと思っていました。



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