灼熱LOVE地獄! 編
第十九話『移送』
アイは閻魔王庁から初江大王の司る世界に"移送"されることになった。それは文字通りただの移動ではなく、大掛かりなプロジェクトだった。
護衛する各班に伝えられていた"ミツメ"は最高レベル9に相当する「特定危険生物」であり、数百匹の鬼や幻獣を動員した厳戒態勢が引かれた。
アイは大馬の引く巨大な馬車に乗せられ、無数の龍や何十台もの馬車に囲まれながら目的地に向かっていた。
移送が決定してすぐ、ある情報が初江大王の元にリークされた。
ミツメを巡り不穏な動きがあるという。それは暗殺か、あるいは拿捕か。どちらにせよ"ミツメ"という存在が白日の元に晒された今、それは仕方がないことだった。
十王たちは一つの共同体ではあったが、それぞれがそれぞれの世界を持つ神であり、仲間ではない。
各々の世界の維持継続だけを望む者と、さらに発展を望むもの。そこに齟齬が生じれば、平行だった線はいずれ交わる。
しかし、それよりも初江大王が危惧していたのは、アイの中で眠っているミツメの覚醒だった。覚醒すれば、おそらく敵も味方も関係なく、目に付いたものの全てが瞬時に破壊されるはずだ。
プロジェクトリーダーが側近の鬼たちに与えた指令は、自律神経の安定。つまりアイになるべくストレスを与えないようにする事だった。それはまるで、国から国へ原子爆弾を移送させるような仕事だった。
王たちの世界は、それぞれ螺旋状の巨大なスロープで連絡されており、一度乗ってしまうと高速道路のように止まることも、途中で降りる事も出来ない。
閻魔王庁から目的地までの二十一日間、窓の外を見ても真っ白な霧しか見えず、どこにいるのか、走っているのか止まっているのかさえも分からず、時間感覚が麻痺していく。
馬車のキャビン内は、アイの部屋から持ってきたお気に入りのソファやベッドやテーブルが置かれ、日替わりで色々なアロマが焚かれた。
食事は、並走する調理室を完備した馬車から龍が運び、好きな時に好きなものを食べる事が出来た。
しかし、出発してから数日でアイは苛立ち始めた。
料理をひっくり返し、気に食わない鬼がいれば、すぐ降りろと怒鳴り散らし、地上に行ってまだ発売されていないプレステ7を買ってこいなどと無理難題を言って困らせ、しまいには猛スピードで走っている馬車から飛び降りようとして、何匹もの大鬼に止められた。
側近のリーダーは精神を病み、上司に嘆願した。
「もう限界です。辞めさせてください。彼女はおかしい。本当におかしいんです! 自分はもうついていけません。無理です。もう無理なんです! 」
・・・
八熱地獄の最下層、無間地獄にいた獣頭人身の二匹の獄卒「牛頭・馬頭(ゴズ・メズ)」は死の瀬戸際にいた。
彼らは数日前、同胞の鬼を何匹も殺した。
理由は特に無かった。
弱者を痛ぶる赤鬼達に苛立ち、持て余していた力を抑える事が出来なかった。ただそれだけだ。
殺した鬼達の返り血を浴び、二匹は笑った。
お互いを両手の指で指し合い「ウィ〜!」と戯け、それから走って逃げた。
何日も追手から逃げ、気付くと最下層の無間地獄にいた。
巨大な溶岩に行く手を阻まれ、何十匹もの鬼に刃物を向けられていた二匹はそれでも笑っていた。
「色々あったけど楽しかったよな」
メズが言うと、ゴズは黙って拳を突き出した。
八熱地獄のゴズメズといえば、八熱地獄の中では知らない者はいない有名な悪童だった。
幼馴染の二匹はいつも一緒にいて、あちこちで悪さを繰り返し、何度も捕まった。捕まるたびに酷い拷問を受け、死にそうになった事もある。それでも悪さを止めることはなく、そしてまた捕まった。
彼らには強いポリシーがあった。
"やっぱ生きてるからには、今を楽しまなきゃ損でしょ"
彼らが憧れていた十鬼のナンバー2"八瀬童子"の言葉だった。
八瀬童子は彼らにとってのカリスマ。スーパースターだった。
"今"を生きる。
そう。今が楽しければ良いのだ。
いつ死んだっていい! 将来の安定なんていらない。No Future ! やりたいようにやり、生きたいように生きるのさ!
なぜなら、俺たちは「鬼」なんだから。
後悔なんてない。
さあ、殺れ!
喉元に刃先を突きつけられた。
その時だった。
「お前らか、ゴズメズとは」
それは王からの使者だった。
・・・
それから数日後、ゴズメズはアイの乗る馬車のキャビンの前にいた。
このミッションが成功すれば、今までの罪が全て赦免される。失敗すれば、おそらくその場で殺される。
命の掛かった使命に、二匹は震えていた。
そしてお互いの顔を見つめ、黙って頷いた。
いくぞ。
ああ。
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