ギャルヴィラ! 〜渋谷の金髪ギャルが史上最狂最悪の最強ヴィランになるまで!

Kate・Crosspot

プロローグ

『Smells Like Teen Spirit 』

「漏れる、漏れる」


 と、部屋を飛び出して行ったアイはその数秒後、トイレのタイルで滑って頭を打って死んだ。  


 なんだか忙しないし、ダサい。


 人は必ず死ぬ。


 病気や事故、災害や戦争。殺されてしまう人もいる。 

 アイの死に方は、その中でも最悪の方に入るのではないだろうか。



 店員に呼ばれ駆けつけると、アイは仰向けで大の字になって倒れていた。バカみたいな厚底ブーツを履いて、白目を剥いている。

「あはははっ!」

 不謹慎だけど、私はちょっと笑ってしまった。


『 Hello, hello, hello, how low?』

 (おい、おい、お〜い、どこまで落ちるんだい?)


 有線からニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit 」が流れていた。


 アイらしいな。


 と私は思った。



 2022年8月10日

 それが私たちの高校最後の夏休みの、一番の出来事だ。



        ・・・



 その日、私たちは渋谷のカラオケボックスにいた。

 いつものメンバーだ。

 私、小鳥遊 深雪(みゆき)と、

 ロック好きのヒナ。

 デブで大食いのマッティ。

 小学生のとき学級委員長をやっていた夢月(むつき)は、今でもみんなから「委員長」と呼ばれている。


 私たちは小学生からの友達で、中学からバラバラになったけど、今でもこうして遊んでいた。   


 気づくと誰かが側にいた。


 一般的な"友達"の定義はよく分からないけど、私達は友達というより"家族"みたいな感じだったのかもしれない。

 


「ズッ友、だって」


「キモっ」って言いながら、ヒナがプリクラのスタンプを押した。




 その日も私たちは、いつものセンター街のカラオケボックスにいた。

 部屋に入ってすぐ、お腹が痛いとアイが言い出した。

 おそらく、来る前に食べた、顔くらいある巨大なカキ氷が祟ったのだろう。


 『総重量1.5kg! てんこ盛りフルーツ 生チョコ&バニラ スペシャルカスタード、納豆添え』


「メッチャ映える」


 アイはそう言ってカシャカシャ写真を撮ったあと、冷房がキンキンに効いた店内で、ヘソ出しルックで露わになった腹の中にそのブツを一気におさめた。


 アイの腹からゴロゴロ音がしたのは、カラオケ屋の部屋に入って、ドリンクを注文してすぐだった。


「‥‥‥漏れそう」と呟いたアイの顔は真っ青で、唇も紫だった。


「早くトイレ行きなよ!」


マッティが言うと、アイはお腹を抑えてムクリと立ち上がった。

 身長が百八十センチちかくあるアイは、いつも十センチ以上ある厚底を履いていたので、延べ百九十。部屋の中はアイでいっぱいになった。



        ・・・



 それから3日後。


 顔の横でVサインしている金髪ギャルの遺影の前に横並びに座っていた私たちは、線香をあげ、ぼんやりとその顔を見ていた。

 人差し指と中指の間から、バキバキのつけまつ毛が覗いている。

 とても、遺影には見えないし、箱の中で横になっているアイも寝てるようにしか見えない。


「何やってんだよ」ヒナが遺影に向かって言った。

「カラオケまだ途中じゃん」私が言った。

「そうだよ。あんた入れたBTK、誰が歌うんだよ」マッティが言った。

「割り勘なんだからね」

「そうだよ。私が払ったんだから、今度返せよ」

「そうだよ‥‥‥」


 そして会話は止まった。まだ話したい事がいっぱいあったはずなのに、何も出てこなかった。


 「あんなの履いてるからだよ」 


 委員長がボソッと言った。


 私は何かおかしくなって、プッと吹いた。誰かも釣られて吹いた。

 みんな下を向いてクスクス笑い始めた。


「バカだね」


「本当だよ」


「バカ」



 バカ。


 涙が止まらない。

 

 みんなも、笑ってるのか、泣いてるのか分からないようなグシャグシャの顔で、クスクス言いながら畳の上にポタポタと涙を落としていた。


 写真の中の金髪ギャルが、バカみたいな笑顔でこっちを向いていた。



  『Hello, hello, hello, how low?』



 2022年8月10日


 高校最後の夏休み。


 私達、そして私達を取り巻く世界は、その日から大きく変わろうとしていた。

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