<因果> 6

十一月十三日。

週が明けて月曜日の朝、

臨時の全校集会が開かれた。

校長の勅使河原が

重々しい足取りで朝礼台に上った。

校長は一度咳ばらいをしてから徐に口を開いた。

「えー、皆さんにぃ、

 悲しいお知らせがありまぁす」

そして校長は

もう一度コホンと小さく咳ばらいをしてから

大袈裟にその長髪をかき上げた。

「先週の金曜日のことでぇす。

 猿田先生がお亡くなりにぃ、

 なりましたぁ」

その粘っこい口調のせいか

校長の言葉は悪い冗談のように聞こえた。

それでも一瞬の後、

子供達は事の重大さに気付いたのか

ざわつき始めた。

六年二組の生徒はすでに知らされていたのか皆、

比較的落ち着いていた。

校長はボス猿の死について

大吾や葉山の時と同じように

不幸な事故と説明した。


「・・今後、屋上は立ち入り禁止にしまぁす」

校長の言葉に高学年の生徒達が不満を口にした。

「屋上の扉には鍵を掛けましたぁ。

 今後鍵は私が責任を持って管理しまぁす」

「えーっ!」という不満の声が上がった。

そんな中、探偵団の三人は

「僕達には『楽園』があるから関係ないよね」

「だな」

「そうね」

と楽観的だった。



全校集会が終わり教室に戻ると、

しばらくしてから校長がやって来た。


校長の口から

ナカマイ先生が休みであることが皆に告げられた。

「畑中先生はすぐに戻ってきますからぁ、

 心配しないでくださぁい」

と校長は言ったが、

俺はそうは思わなかった。

愛する人を失った悲しみは他人にはわからない。

きっと校長は二人の関係を知らないのだろう。


それから校長は

名簿と生徒の顔を照らし合わせながら

時間をかけて出席をとった。

名前が呼ばれたので俺は手を挙げて返事をした。

「たしか君は転校生ですねぇ。

 君のことは、

 よぉく覚えてますよぉ」

校長は俺と目が合うと髪をかき上げてそう言った。


一時間目の授業が始まるとふたたび校長が現れた。

ボス猿のいなくなった隣のクラスは

次の担任が決まるまで教頭がみることになり、

そのため校長が

俺達のクラスを指導することになったようだ。

俺は小学校の教員というのは

そんなに人手が足りないのだろうか

と不思議に思った。

それとも校長や教頭というのは

よほど暇な役職なのだろうか。



校長の授業は予想に反して面白かった。

時折、説教じみた話題に脱線することもあったが

概ね子供達には好評だった。

ナカマイ先生がいないだけで、

あとは普段と変わらない授業風景だった。

ただ俺一人だけが混乱していた。


俺が殺すはずだったボス猿は、

俺が手を下す間もなく命を落とした。

校長はそれを事故と説明したが

それは信じられない。


大人がどうやったらそんな事故に遭うというのか。

あの日のボス猿の行動を考える。

ボス猿は俺の手紙に誘われて、屋上へ顔を出した。

しかしそれは

俺が屋上へ上がった十六時四十分よりも

もっと前だ。

ボス猿は先に行って待ち伏せることを

考えたのかもしれない。

そして俺の仕掛けた罠を発見する。

ボス猿はフェンスを越えて罠へ近づく。

罠を拾おうとして体勢を崩し、そのまま転落する。

もしくは強風に煽られたか。

無理があり過ぎる。


それに俺の仕掛けた罠のこともある。

あれが屋上になかったということは、

当然ボス猿はそれを手にしたはずだ。

にもかかわらず、

封筒が見つかったという話は聞かない。

ボス猿の事故とは無関係として無視されたのか。

たしかに中身は空のただの封筒だ。

どこか風に飛ばされたとしても

誰も気にしないだろう。

それでも俺は引っかかった。


ボス猿は誰かに突き落とされた。

そしてその誰かはこの学校の関係者の中にいる。

ではその人物は誰か。

ボス猿の殺害時刻を考えても

生徒による犯行の可能性はない。

つまり。

ボス猿を突き落とした犯人は教師の中にいる。


また教師だ。

葉山を殺したのはボス猿だった。

そのボス猿が今度は同僚の教師に殺された。

一体この学校はどうなっているのか。


しかし俺の代わりに

ボス猿を殺してくれたことに関しては

その教師に感謝すべきかもしれない。

その教師が誰でその動機は気になるが

世の中知らなくていいことだってある。


手品の種明かしはルール違反だ。

俺はこれ以上この件を詮索しない。

どちらにせよ、

葉山を殺したボス猿はその命で自らの罪を償った。

因果応報。

若干の謎は残ったものの、

これで葉山の件にはケリがついたことになる。

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