573.ウズウズ
「ベル!」
船を見送ってすぐ。
ずっと堪えていた目眩に耐えきれなくなって、地面に座りこんだ。
キャスの焦ったような声と、ポンと転移で出てきた気配を感じる。
魔力はとっくに空。
いつもはラグォンドルから魔力を補填してもらっているけど、ピヴィエラから預かった
「……ん、平気」
懐に隠してあったエナDを取り出して、煽るように飲み干す。
「不味い……もう1本……」
いや、嘘。
もう1本飲んだら、吐く。
いや、胃に吐く物はないんじゃないかな?
ここ2日、まともにご飯を食べてなかった気がする。
あれ、もう1本飲めそう?
「魔力供給を……」
「駄目。
国王が禁じてる」
「でも、本当はこっそりできるでしょ!」
「今はまだ駄目。
それにエナDがそろそろ効き始めるから……」
味は激的な不味さ。
けど、この味なら乱用はされないか。
魔力回復薬は下手をすると、常習性をもたらす。
誰だって、簡単に魔力を回復させたいに決まっている。
でも安易に使うのはよろしくない。
エナDを何度か試飲してわかったのは、回復は一時的だという事。
暫くすると、むしろ元々の魔力量を僅かに下げる。
というのは少し前に、実体験としてわかった。
もちろんリャイェンにも伝えている。
魔力枯渇をして上がる魔力量の、半分くらいを減らすみたいだ。
魔力量が少ない人間がエナDを何度も使えば、飲み続けても生活魔法すら、発動が難しくなっていくかもしれない。
ポチの持ってきた小瓶。
あの中身を分析して、改良して減少量はむしろ抑えた。
味が激不味になったのは、たまたまだけど。
雑草の青臭さ、苦味、甘味、痺れる辛さをミックス再現した味……何でこうなるのかは、正直わからない。
それにしても……あの黒い靄は何だったのかな?
小瓶の中に入っていた液体に漂っていた。
良く見ようとすると、消える。
幻のような靄。
ラグォンドルを初めて見かけた時も、あんな靄が纏わりついていた。
ピヴィエラが守護魔法をかけていたからか、黒い靄は弾かれて霧散していたけど。
弾かれた靄の一部は、近くにいた魔獣――何故か元々猛っていた魔獣に、纏わりついて消えたように見えた。
森が暗くて見間違えただけかもしれないけど……。
ポチの記憶を視たミハイルは、小瓶の持ち主がスリアーダだと言っていたっけ。
あんな欠陥品を、何に使っていたんだろう?
小瓶の液体の味は甘く、けど毒とも違う、妙な危機感を感じた。
飲みこまずに、思わず窓の外に顔を出してペッと出した。
ミハイルが引いていた。
それでも舌の上に違和感を感じ続けたから、ラグォンドルの水属性の魔力を使って出した水で、クチュクチュペッと窓の外へ出した。
ミハイルに叱られた。
そこから淑女として恥じらいを云々と、説教された。
ミハイルは、オカン属性という奴に違いない。
もちろんオカン属性が何なのかは、知らない。
そんな言葉は聞いた事がない
それでも私の勘はオカン属性という単語をしきりに告げている。
ちなみにその場にいたリャイェンは、説教される私を見て笑い、そのせいでリャイェンもミハイルに叱られていた。
絶対、ミハイルはオカン属性というやつだ。
「ふふ……」
思い出して、笑ってしまった。
「ベル?
え、笑ったの?」
キャスが戸惑うのも、無理はない。
だってまともに声に出して笑った事なんて……記憶にないな?
ミハイルを見ていると、今まで感じた事のない、妙な疼きを胸の奥に感じるのは、どうしてだろう?
母親のアシュリーや、従姉妹であるロナに感じているような……庇護欲?
ピヴィエラやキャスに感じる……安心感?
成り行きで婚約者になったエッシュや、道端で拾ったリリへの責任感とは違う。
それはわかる。
庇護欲と安心感が混ざった感情?
胸の奥が、どうしてかウズウズするのに、まともに人と関わらないせいかな。
何に分類して良いのか、ちょっとわからない。
ポチやラルフといる時にも少しだけ感じていた疼きは、ミハイルといる時こそ顕著にウズウズする。
嫌い、ではない。
むしろ逆。
けど、いつまでも感じていたくはない。
だって私は、どうせ長くは生きられない。
この疼きを手放さなければ、正気を保っていられなくなりそうなんだ。
アシュリーと卵を手放したのは、確信に近い勘が死期の近さを警告するから。
「何でもないよ」
誤魔化してみたけど、キャスは怪訝な顔つきのままだ。
それだけ珍しいんだろうな。
そう思いながら、思考をエナDに戻す。
エナDを飲んで減った、元々の魔力量分。
けれど特効薬とエナDの精製。
そして貧民街近くの川に紛れた毒に対処するべく粗複製した特効薬。
川から一瞬見えた黒い靄の大規模浄化。
流民達の転移署への一斉転移。
これで何度か魔力枯渇を起こしている。
エナDの効果で戻った魔力ではなく、自力で戻った後は、減った魔力量より、むしろ僅かに増えているはず。
アシュリーと卵は手放した。
次は死ぬまでの間に、聖獣達を自由にするべく動いて……。
「出てこい!」
突然、キャスが私の背後を睨んで吠えた。
「ベルジャンヌ王女」
周囲に気を配っていなかった私は、完全に虚を突かれた。
とは言え、相手に殺意があれば流石に気づいていたはず。
聞き覚えのある声に取り乱す事なく立ち上がって、ゆっくりと振り返った。
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