511.竜への罰と不服そうな小狐〜ミハイルside
「そうか……お前には名がないのか……」
そう言いながらピヴィエラは赤ん坊の上から、キラキラと輝く光の粒子を注いだ。
光が赤ん坊を包みながら、体を清らかにしていく。
光が輝きを増したと思うと、今度は半透明の卵殻となって赤ん坊を内に閉じこめた。
幻想的な光の移り変わり。
思考する事もなく、ただただ見惚れる。
しかしそれも束の間の出来事。
突然、何の前触れもなく竜の美麗な体躯に幾筋か裂傷が走る。
思わず息を飲んだ。
あれは契約者の意に沿わない行動を取った時に、生じる罰だ。
聖獣契約では定かではないが、少なくとも獣魔契約をする際には、そんな罰を与える事もある。
この竜が聖獣で、俺が生まれる前の出来事なのは間違いないだろう。
だとすれば傷つけたのは契約者として、長らく聖獣達を使役していた四大公爵家当主の誰か。
竜の赤紫色の瞳から察するに……アッシェ家の当主ではないだろうか。
赤ん坊を助けただけで、罰を与える四公家当主。
考えただけで憤りを感じる。
決して許されぬ非道な行いだ!
憤りと同時に、俺が思い描いていた聖獣とそ契約者の関係と、瞳が視せるこの現実とに
それにここへ来る前に見た妹と聖獣。
心が繋がった関係を垣間見たからこそ、この瞳に映った竜に与えられた罰が、より歪んでいると感じてしまう。
「妾がつけた名で良いなら、ベルジャンヌと名乗るが良い。
魂となっても尚、初代国王に追随したアヴォイド。
あれ程ではないが、その名に幾ばくかの祝福をこめておく。
ベルジャンヌ=イェビナ=ロベニア。
お前は紛れもなく妾の愛した初代ロベニア国王、◯◯の子孫。
どうか幸あらんことを」
竜が卵殻越しに祝福を与えた途端、更に深い傷が体に走る。
痛みに眉を潜めたかと思えば、竜が消える。
卵殻の中の赤ん坊も、穏やかな顔で眠りについた。
ベルジャンヌ……。
やはりこの赤ん坊は、後に稀代の悪女と呼ばれるようになる、あの……。
初代国王の後に続いたのは、名前か?
聞き取れなかった。
初代国王の名前は後世に残っていない。
一説には稀代の悪女に怒った聖獣達が、最初の契約者である初代国王の名を意図的に消したとも言われている。
しかし今の様子から、それは単なる迷信だとわかる。
今の王女は稀代の悪女と呼ばれるより、ずっと前の状態だ。
それにあの聖獣が紡いだ口元には、一瞬だが黒い靄が絡んだ。
何らかの阻害魔法が施されている。
名前そのものに、か?
__そう思ってる間にも、季節が早巻きで二巡した。
その間、赤ん坊は依然として卵殻の中で眠っていた。
俺は王女が、このまま穏やかに眠り続ける方が幸せだったのではないかと思い始めている。
名前すら付けられずに捨て置かれた王女……かりに未来で稀代の悪女と呼ばれる程の行いをしたとしても、仕方ないくらい無体を働かれているのだから。
何度目かわからないが、王女に触れる。
今の俺は意識体か、魂の状態だ。
王女を包む卵殻に阻まれる事はない。
もちろん王女の体にも触れられ……。
「え?」
呆けた声が漏れた。
俺の指の感覚に、戸惑う。
2年経っても赤ん坊のままの小さな手が握っ……。
「ここ?」
不意に耳に入った声がして、反射的に振り向いた。
現れたのは九尾の小狐。
妹の胸に抱かれていた小狐と同じ。
やはり小狐は聖獣だったのか。
もう一度王女を目だけで見る。
握られてはいなかった。
気の所為、だったんだよな?
少し離れた所から、宙を浮いてこちらに近づく小狐は周囲の何かと話していた。
薄っすらとした緑光が、小狐の周りを飛んでいる。
もしかすると、あれが聖獣の眷族というやつかもしれない。
「せっかく今の国王が父親を、僕のムカツク契約者だった先代の国王を殺してくれたのにさ。
ドサクサに紛れて隠れたから、契約しなくても良くなってたのにさ」
どこか不服そうに緑光と話す小狐は、卵殻の上にフワリと風を纏って降り立つ。
瞳の色は魔獣と同じ赤だ。
言葉から推察するに、魔獣だった名残りから1度は聖獣に変容しても、契約が解除されると魔獣の瞳の色に戻る、とか?
妹の胸に抱かれた小狐は、藍色に金が散った瞳をしていた。
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