396.奥の手

「そうでなければ私は、一体何の為に悪魔と契約まで……そんなの認めない!

認められるはずがない!

姫様が復活するまで、悪魔との契約を破棄などしない!

不履行などあり得ない!!」


 体力が少し回復したからか、これまでに溜めこんだベルジャンヌへの怒りからか、意固地になっている。


 正直な話、何も言わなかったんじゃないと、教えてあげたい気持ちはあるのよ。

あの時はあまりにも事態が急激に動き過ぎて、リリに何か言葉を遺す時間がなかっただけって。


 生きたいとまで思っていなくても、あの日あんな風に死ぬなんて、思っていなかったんだもの。


 けれど今は理由があって、リリに全てを話す事はできない。

全てはベルジャンヌとして死んだ時に、いえ、キャスケットにもう1度戻ってくると約束した時からね。

私と私に祝福名を与えた聖獣ちゃんとの我慢比べが始まっているの。


 それでも今世に転生して、動けるくらいに体がしっかりした時、気になっていたリリの事はすぐに探したのよ。


 仕方ないから、奥の手を使いましょう。


いでよ、小さな図書館!」


 ちょっとそれらしく言ってみたかっただけよ。

リリを中心に三角錐となるよう、内側に本が並ぶようにして、亜空間から本棚を3つ出してリリを囲む。


「何ですか、コレは」

「ドレッド隊長」


 リリは無視して、三味線をかき鳴らす手は止めずに隊長へ呼びかける。


「……ハイ、じゃん……」


 次は自分が叱られる番だと自覚しているのか、しおらしい。

しょぼんとしつつも、ドレッドで弦をかき鳴らす隊長。


 何だかその光景には笑ってしまいそうだけれど、ダメダメ。

今は叱る時よ。


「叱られるつもりは、あったのね」

「……ハイ、じゃん……」

「私から意図的にリリを隠したのは、リリが悪魔と契約していたから?

私達ならではの音波で浄化な魔法を編み出してからでなければ、悪魔との契約が破棄されると同時に、リリが命を失うだけに留まらないと思ったから?」


 契約が履行されなければ、何も起こらない?

悪魔との契約なのに?


 馬鹿よね。

そんな甘い事態が待っているはずないじゃない。

悪魔は契約が履行されない場合の正しい未来を、正しく伝えなかっただけ。


 それに恐らくベルジャンヌの体と魂を、生前の通りに戻すとは言っていない。


 ベルジャンヌの復活という約束だけなら、リリがキメラを生み出した時点でいつかは叶う内容だったはずよ。

それらしい体を復活させれば良かったはずだもの。


 前世の遺伝子操作技術でだって、今世の聖獣だった隊長の奥さんだって、クローンは作れていたもの。

ベルジャンヌの毛髪が存在している以上、不可能なはずがない。

 

 けれど悪魔は姑息で狡猾な生き物。

悪魔との契約は、前世の会社間で交わす契約書や使用説明書のように、事細かく定めなければ足元をすくわれちゃう。


 そもそもそんな面倒な存在と契約するなって話だけれど。


 それに悪魔は必ずしも契約を履行させる必要がない。

人の寿命いっぱいまで、取りこませた悪魔の力で体に宿る魔力に干渉して、魂を変質させておけばいい。

体が死を迎えた時には歪みに歪んで腐臭漂う、悪魔にとっては極上の美味なる食材となるもの。


 長生きする悪魔ならではの、長期戦による戦利品ね。


「……ハイ、じゃん……」

「そう。

だったら今の私がどれほど楽しく生きているのか、この子にとくと聞かせて、現実を知らしめてあげなさい。

しっかりとそこの小説を朗読しながら。

ちなみについ最近、挿絵がついた新刊入りよ。

【オ亀トベッ甲ノムチ縛り】というタイトルがそうよ」


 でも今はそれを伝える時間はない。

少なくともリリの魂は、悪魔の核から解放できないくらい歪んでしまう直前だもの。


 隊長の萎れた花が私の言葉を受けて、瑞々しさを取り戻していく。


「ハイ……ハイじゃ〜ん!

ヒャッハ〜!」


 シュバッと目にも止まらない速さで小さな図書館に入って行く。

かと思えば、新作を器用にドレッドな枝を使って取り、めくりながら三味線も駆使して、弾き語り朗読が始まった。

本棚に隠れていて音でしか判断できないけれど、まるで昭和の街頭紙芝居のようね。


 隊長はマンドラゴラなだけあって、土属性の魔法だけでなく、精神に働きかける闇属性の魔法に長けている。


 前世でもマンドラゴラの叫び声を聞いて、発狂する逸話があるじゃない?

あったわよね?

ネットサーフィンできる環境じゃないから、言い切れないけれど。


 きっとリリの心に大きな感動と興奮を与えてくれるわ。

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