354.公女が消えるまで〜ミランダリンダside
『ああ……秘密の楽園。
禁欲の園で見つめ合う、碧と朱の、高潔な薔薇の瞳……』
王子とナックス神官とのやり取りで、インスピレーションを得た私。
そろそろ冬に差しかかろうとする季節でありながらも、庭園は良く手入れされているのが一目でわかるくらい、色とりどりの花が咲いていた。
その庭園の真ん中を陣取り、公女から受け取った敷布を、王子がいそいそと敷いて下さった。
無表情だけれど、どことなく嬉しそうに見えたわ。
すると公女は、朝から用意してくれたという、お手製のサンドイッチや即席スープを、こちらもまた、いそいそと出してくれた。
筋張って臭みがあるって聞いていた兎熊の肉は、どうしてか臭みのない、ほろほろと柔らかい肉質になっていたのだけれど、多分これは普通ではないと思うの。
だってナックス神官は、公女が持参した食事の話に兎熊という名前が出た途端、一瞬頬を引きつらせてから、誘いは即お断りしていたんだもの。
ちなみに実は見た目よりずっと肉の少ない音波狼。
だから基本的に、食べる所がないとされているのですって。
なのに公女は骨から出汁が取れるのよ、と言って白濁したスープを食卓に並べてくれた。
あ、これは今朝の朝食での事。
公女は……トンコツスープ風と言っていたかしら?
ニンニクや香味野菜と、手製の麺を入れた物が、前日からロブール家に宿泊した私の前に、出てきた。
公女の朝ラーという単語の意味は、正直良く解らなくて、戸惑ったのは秘密。
多分、同席していた兄の公子も、そうだったように見えたけれど、公子もまた口を噤んでいた。
公子は麺をおかわりしていて、公女は『替え玉いっちょう〜』と嬉しそうに、麺を公子のスープに追加していた。
ただ、それも私には意味がちょっと……。
そういえば公子が音波狼の翼の事を聞いていたかしら?
公女はまだ乾燥させている最中だから、と返答していたわね。
また別の使い方をするって聞いたのだけれど、気になる!
とにかく私の推し神様は、とんでもない料理スキルを持っている!
兎熊と音波狼を討伐した後、その肉を満場一致で公女に渡した理由を、身をもって実感よ!
巷では時にウチワやメガホンなる流行の発信源となる小説の、食事シーン。
実は読者の間で、美味しそうな料理はもちろんだけれど、食べる様子がどうしてこうも美味しそうに感じる描写が書けるのか、って議論が度々上がっていた。
初対面ながら、孤児院で共に食卓を囲んだ始まりの時以降、これまでの公女との食事で理由がわかった。
公女は私達が食べている間、無言で観察していたの。
きっとあらゆる場面でインスピレーションを感じ取れるよう、常に観察しているからなのよ!
推し神様の何というプロ意識の高さか!
ただ何年も前に亡くなった、お祖母様を彷彿とさせる優しい眼差しで、終始ニコニコと微笑んでらしたのは、謎のままよ。
ナックス神官や公女のお母様に見せていた、貴族然とした冷たさのある微笑みとは、全然違っていた。
『こんな時でもなければ、決して見る事の叶わなかった禁断の園。
きっとこれから先、目にするとは思えない高貴で麗しい外見の薔薇達。
熱く見つめ合う双眸を、まさか教会に足を踏み入れて早々、目にするなんて!』
そんなこんなでランチを終えて、半分は無意識でブツブツと呟いていたと思うの。
とっても怪しい光景だったはずだけれど、意識はインスピレーションの沼に沈んでいた。
あの時も今のように、1人でノートに書きこんでいたわ。
公女と王子は2人きりで、庭園の散策に離れた。
もちろんノートに向かって、文字を書きなぐる為だけじゃないわ。
公女を明らかに特別扱いする王子の、公女への歩み寄りを邪魔したくないのもある。
だって時々、王子は怖い空気を纏うから。
そういう時は大抵、私が公女と腕を組んだり、薔薇や萌えの話で盛り上がっている時ばかりだもの。
どれくらい時間が経ったのかわからないけれど、10ページ程ノートに書きなぐった時だったわ。
公女達が向かった方向から、何かの魔法が発動したような圧を感じて、温室らしき場所へ走った。
これでも私が1番格下ですもの。
素早く駆けつけなきゃいけないわ。
そうして公女の姿は見えなくて、でも聖獣の祝福を受けた私の五感は、そこに推し神様がいると告げていた。
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