176.奪われた立場〜シエナside
『初めまして。
あなたより1つ年上のラビアンジェよ。
怪我は大丈夫?』
『嫌!
この子お顔が怖い!
お兄様、助けて!』
ロブール家に来てアイツと初めて挨拶を交わした時、そう言って一緒に並んで立っていたお兄様に抱きついた。
もちろんわざとだったわ。
アイツの言う怪我は治癒魔法でとっくに治っていたの。
けど初めて会う貴族の子供達から同情を誘う為に痛みがあるからと嘘をついて包帯をしていた。
初めて会った時にアイツが私に向けた微笑みは今みたいな貴族らしい、一見すると優しげに見えてその実、感情のこもらない冷たいものじゃなかった。
本来なら私の実の父親が当主となっていて、私こそが嫡女だったんだもの。
ロブール家の全てが今頃私の物だったのにって。
ちょっとした意地悪だったのは認めるわ。
けれどこの時はまだ知らなかったの。
アイツがその地位も、裕福な暮らしも、全てを私の代わりに手に入れておきながら、その地位に相応しい教養を、学びを得る機会から全力で逃げているって。
だからすぐにこの時の意地悪は妥当だったと思い直したわ。
だってあんな逃げてばかりの、公女に相応しくない魔力の低さと無才無能な女への言動なんかに気を使う理由がないじゃない!
初めて会った時から、ううん、きっとアイツの存在を実の父親から初めて聞かされた時から、気に入らなかったんだと思うわ。
だけど両親が駆け落ちしてしまったせいで、平民なんていう身分で生まれ育った私は叔父家族であるアイツに奪われていたのは仕方ないと諦めていたの。
だって生まれ持った魔力量は本人にどうしようもないと理解してあげていたし、せめて四大公爵家に相応しい教養くらいは身につくように頑張っているお嬢様だと思っていたのだもの。
だから引き取られた私もお兄様に言われた通りに勉強もマナーも、学ばせてもらえる限りの教養を身につけようと頑張ったわ。
私の地位を奪って、生まれながらのお嬢様だった気に食わないアイツに負けたくないとも思っていたの。
そりゃ、あまりに厳しくて最初は逃げたけど。
なのに現実は期待外れ。
アイツはいつも逃げ回って、遂には王家からも見放された。
綺麗な服を着て、ひもじい思いをする事もなく美味しい物を食べて、住む場所だって掃除の行き届いた広くて綺麗なお邸に住んでいるくせに。
だからアイツから全て奪い返してやったのよ。
気が強いけど私には最初から優しいお母様の愛情も、実妹の為に学びを与えようと奮闘するお兄様の関心もね。
父さんの弟だった今のお父様だけはそもそも家族に興味が無さすぎたみたいで奪う以前の問題だったけど……。
まあ全て見過ごしてくれてるだけ良しとしてるわ。
なのに……それが今、壊れていっている。
「第1王子も余計な事をしてくれて……」
バン、と魔法でテーブルを吹き飛ばす。
怒りが収まらない。
元凶はやっぱりアイツ!
アイツが蠱毒の箱庭から無傷で帰ってきたりするから!!
お兄様だけじゃなく、シュア様や側近だったヘインまでもあの時生徒会室で私に注意したわ。
お兄様が出て行ったその後よ。
確かにアイツの事をそれとなく馬鹿にしたり、シュア様達が悪感情を抱くような言い方をしてきたわ。
だけど何も調べたりもせず勝手に都合良く誤解していったのはシュア様達よ?!
『暫く私達の距離を王子と貴族令嬢としての適切なものに戻そう。
もちろん悪いのはシエナの言葉を早合点して調べもせず、自分に都合良くラビアンジェ=ロブールという人間を解釈してきた私なのだ。
それにまだ幼いシエナが私から悪影響を受けたのは間違いない。
本当にすまない。
そもそも王家の婚約者を姉妹で交代させようというのも安易に考えすぎた。
そんな事をあんなにも声高々に、それも公衆の面前で口にしてきた私の言動こそが恥ずべきものだった。
頑張り屋で出来の良い、場の空気を察するのも得意なシエナだ。
今1度、自身の言動を振り返ればわかってもらえると思う』
あんなにも私の言葉を鵜呑みにしてアイツを嫌っていたじゃない!
そんなの裏切りよ!
もちろんわかるはずがないわ!
『そんな……でも……寂しいけれどそれがお義姉様の為ですわよね』
結局猫はかぶり続けてしまったけれど、この時ほどアイツに殺意を感じた事もなかったわ。
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