143.世界が違っても偉人の言葉には素直に従うべき
「あらあら、私の事をご存知なの?
どちら様?」
何故かしら……何だか見覚えがあるわ?
とりあえずいつも通り微笑んでおきましょうか。
「ああ、そうだな。
こうして会うのは初めてだ」
「こうして?」
という事はやっぱり会った事があるの?
まずはまじまじと彼の容姿を観察する。
黒銀の髪に、朱色の瞳。
瞳は父親譲りのベリード家の色ね。
彼の母親の顔は知らないから何とも言えないけれど、孫と婚約した時に1度だけ会った国王に似ていなくもないのかしら?
けれどこの眉目秀麗とも言える端正で、少し冷たそうなお顔……どことなく前々世の私、ベルジャンヌを思い出さなくもないわ。
ちなみにベルジャンヌは祖父似なの。
つまり前々々国王ね。
見覚えがある気がしたのはそのせい?
それはともかく、彼の容姿に思い当たる記憶はそれくらいしかないから、直接会った事があるかわからないわ。
「ああ。
違う形でなら会った事はある。
俺が何者か、そなたはわかるか?」
こちらの出方を窺うように朱色が細まる。
銀を纏う髪の時点で察するのが普通だけれど、無才無能な公女として
でも会った事があるかどうかを特定しないと、それはそれで何かにはめられちゃう?
「そう、ですわね?」
となれば……次は彼の魔力を直接肌で観察してみましょう。
うーん、そうね、どこかで……待って、この魔力には微かだけれど覚えがある。
つい最近……そう、そうよ、治癒魔法。
まあまあ、何という事でしょう。
彼は学園の保険医さんだったのね。
あの時保健室で孫に捻りあげられた腕を治癒してもらった時の魔力で間違いないわ。
そこで何となく不遜な印象だった理由がわかったわ。
彼は王族。
それも第1王子。
不遜というよりも、そういう立場だからこその独特の空気感をそう感じたのね。
今は前髪を格好良くサイドに流しているけれど、保険医バージョンは前に下ろしてあの分厚いレンズの細工物の眼鏡をかけていたわ。
顔や瞳をぼかしていたのは、第1王子である事を隠す為だったのね。
お弁当を食べに行く時に廊下の曲がり角なんかで時折出くわしていたのは、もしかして学園の何かを探っていたから?
昼休憩の時に私が出くわした場所は前々世時代の秘密の場所へ続くわ。
つまり
だって第1王子はとっくに卒業しているのに、身分を隠して保険医として学園にいるのよ?
王子という立場から在学中は学園でのいくらかの権限と責任はあったでしょうけれど、卒業と同時にあの孫に移行したわ。
まああの孫がまともに権限と責任を発揮していたかは謎だけれど。
でも保険医として学園に勤務するのは国王も知っているはずよ?
立場を偽って入るにしても、第1王子である彼には成人した王族としての公務もあるから、独断で潜入はほぼ不可能だもの。
秘密裏に王族が学園を探る理由。
そもそもここに第1王子が来た理由。
何よりあの転移陣の細工……。
ふふふ、これ以上は関わらない方がいいわね。
ラグちゃんに悪魔の関わりをほのめかすようにお願いしただけでも普段の私からすれば上出来よ。
悪魔の関わりを感じた理由?
もちろん小さな理由は多々あれど、前々世の死の原因ともなったのが悪魔だったからこその、勘よ。
でも第1王子、ひいては王族の秘密裏の関わりが小さな確信を生むわ。
だとすれば、やる事は1つ。
ほら、昔の偉人様もこう仰っていらしたじゃない?
三十六計逃げるに如かず、と。
先人の言葉には素直に従うべきよね。
世界が違うとか関係ないわ。
第1王子が卒業後もあの学園にとどまっているだけで嫌な予感しかしないもの。
関わらない、これ一択。
「第1王子殿下でいらっしゃいますわね」
「ああ。
会った事があるのだが、覚えておらぬか?」
どこぞの孫と違って口調は穏やかなのね。
そういえば、彼も孫になっちゃうわ。
けれどそれは置いておきましょう。
「残念ながら、登城も1度しかしておりませんし、王子殿下とは入れ違いで入学致しましたの。
私の記憶ではお会いした事はございませんわ」
学園の保険医さんだなんて口が裂けても言わないから。
「……そうか」
でもどうしてかしら?
もの凄くしゅんとしちゃったのだけど?
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