92.婆冥利と驚きの吸引力

「いつ魔獣に襲われるかわからないのに、いつまでもお腹が減った状態をキープするメリットなんて皆無よ。

食べられる時に食べないと、襲われた時に最後の力を振り絞る事もできなくってよ」

「さ、最後?!」

「いただきます!!」


 金髪ちゃんがぎょっとしている中で、腹ペコちゃんはちょうど焼き上がったらしい、土に刺した方の串焼きをパクリ。

幸せそうに微笑むお顔が可愛らしいわ。


「んー!

美味しー!!」

「あ、あなたこんな時に……」


 あらあら、信じられない物を見る目をうちの子に向けないで、金髪ちゃん。


「ふふふ、マイティカーナ嬢もお座りになって。

でもそうね、ご自分のグループが気になるのも仕方ありませんものね。

お好きになさって。

カルティカちゃん、こちらの浸して食べるあっさり出汁もいかが?」


 鞄から水筒とお椀を出して水筒の中の天つゆを注ぎ、網焼きの完了したばかりのお肉を浸してフォークも添えて手渡す。


 流石に天ぷらを作れるほどの油は持って来ていないから、天ぷらができないのがちょっぴり残念ね。


 もちろんその後は、火蜥蜴の皮袋に炭を戻すのも忘れないわ。

ほら、キャンプの時の火消し壺と同じ役割りじゃない?

こうやっておけば自然に消火して再利用可能なの。

壺と違って火のついた炭を入れても熱くならない便利グッズなのよ。


「ふわぁ、魚介のお出汁のやつ!」


 うちの腹ペコちゃんは数秒で食べ終わったお肉の串を火にポンと投げ入れたかと思うと、お椀を受け取ってすぐにパクリ。


「んー!

この出汁合うー!

炭火で焼いたからかお肉の表面がカリカリしてて、でも中はふっくら!

食感も火で炙ったのと違いますね!」


 ああ、作った料理をこんなに喜んで食べてもらえると、婆冥利に尽きるってものだわ。


 キュルキュル。


 まあまあ?


「あ、その、これは……」

「うふふふ、ほら、お座りになって」


 お腹の音に慌てて恥ずかしがる金髪ちゃんが微笑ましいわ。


「いえ、でも私は……」


 まあまあ、未だに怒声が響く方向をチラリと見て慌てて首を振ったわ。


 そうよね、同じグループで身分が上の人達がいるもの。

気になってしまうわね。


 少しはしたないけれど、仕方ないわ。


「あらあら!!

ラビアンジェ特製お出汁がなくなってしまうわ〜!!!!」


 コホン。


 普段はこんなに大きな声は出さないのよ?


「突然何を……きゃっ」

「「公女!!」」


 金髪ちゃんのキャアはまたまた不発ね。


 彼女の遮るように猛スピードで駆けこんで来た影が2つ。


「ふふふ、お疲れ様。

急がなくてもお出汁はあるから心配しないでちょうだい。

嘘を吐いてごめんなさいね」


 もちろん謝るのはうちのリーダーとサブリーダーによ。

2人共身体強化して駆けて来るくらい楽しみにしてくれていたのね。


 前世では孫やひ孫に手料理を振る舞うのが祖母ちゃんになってからの楽しみだった名残りからかしらね。

孫達と同年代の若者に食べてもらうのが好きなのよ。


「ほらほら、これで怒りの対象がいなくなったから、そのうちこちらに来るのではなくて?

さあさあ、召し上がれ」

「「いただきます」」


 火を囲むようにしてうちのグループは全員着席ね。

私はやるだけやったから、金髪ちゃんはまだ迷うならお好きになさいな。


 2人とも思い思いに近くの串を手に取って食べ始めたわ。


 まあまあ、カルティカちゃん?

急がなくてもたくさんあるからお口に噛み切れないくらい突っこむのはやめなさい。

喉に詰まったら大変よ。


「どこに行ったー!!!!」


 あらあら、またひと際大きな何かがこだましているわ。

せっかく座ろうとしていた金髪ちゃんがビクッとしてしまったじゃないの。

ご近所迷惑ね。


 まあ無視でいいわ。


「お座りにならないの?」

「その、私は……」


 まだ迷っているのね

高位貴族になるほど身分階級は無視できないのが悲しい性ね。

もう放置しましょう。


「ふふふ、お好きになさって」


 まあまあ、そんなに残念そうなお顔をしなくてもお肉はまだたくさんあるから大丈夫よ?


 2人分の天つゆをお椀に注いでお肉を何枚か浸す。

駆けて来た2人にフォークを添えて手渡せば、あらあら?


 あちらの世界の某有名掃除機も真っ青。

驚きの吸引力で1枚が彼らのお口に吸い込まれたわ。

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