49.兄の心情と母の体のドス黒い魔法陣〜ミハイルside

「シュア、呼んだか」


 この学園の慣習に従って生徒会長となったロベニア国第2王子であり、クラスメイトであり、実妹を嫌悪する名ばかりの婚約者であるジョシュア=ロベニアに生徒会室へ来るよう言伝てを聞き、ノックして入る。


 私も生徒会役員の為、特にノックの返事を待つ必要はない。


 今日は2年生と4年生が明日から1泊2日の魔獣討伐実技訓練に備え、短縮授業だ。


 シュアと呼ぶよう強要した第2王子は何かしらの予定があったらしく、最終の授業が終わってすぐに将来の側近候補兼、在学中の護衛役の1人であるヘインズ=アッシュを伴い生徒会室へと消えていた。


 2年生と4年生の生徒会役員が明後日まではいない為に、1年生と3年生の生徒会役員は授業が終わり次第合流し、最終確認をする事になっている。


 義妹のシエナもあと数時間でここに来るだろう。


 義妹の事を考えると最近気が滅入る。

学園の入学が差し迫る以前はそんな事は無かった。


 しかしそれは学園生活と父から次期ロブール家当主として少しずつ引き継いでいく仕事に忙殺されていたせいで、この邸の母以外の異常に気づいていなかったからだ。


 いや、違うな。

忙しさを理由に実妹であるラビアンジェについて苛立ちごと蓋をして、見なければならなかった全てを見ようしなかったのだと今は感じている。


 義妹と実妹が共に学園生活を送るようになり、まともに見ようともしなかった義妹の裏の顔に気づき、目を向け始めた。


 そして常に私の、いや、俺の実妹を忌み嫌い、今ではよりによって義妹と連れ立って貶めるようになったこの執務机に座る同級生王子。


 ここ数日、少し様子がおかしいこのいけ好かない俺様王子は何やら深刻そうな顔をしている。

名ばかりとはいえ仮にも婚約者である実妹に直接的な暴力を振るった事がロブール家に露呈するのを恐れているのか?


 王子と妹それぞれの担任と学年主任の4名から事の顛末は聞いた。

王子の両親である陛下と側妃殿下にも報告はしたが、父であるロブール公爵と他ならぬ実妹のラビアンジェによって静観するよう求められていると。


 ……ふざけるな!


 聞いた瞬間は思わず何を言っているのか理解できなかった。

普段からの妹への侮辱も許し難いのに、実害を与えておいて何だ、それは?!


 だが保護者と被害者の妹が黙っているのなら、腸が煮えくり返っても静観するしかない。


 そもそもがこの婚約の継続自体が気に入らない。


 妹は確かに学ぶ事をしない。

何故か礼儀やマナーは知っているが、学んだわけではない。

普段はそれをおくびにも出さないからこの王子が婚約者を気に入らないのは理解できる。


 それでも王子の妹への度が過ぎた悪態は兄として目に余る。


 昔から母にどれだけ傷つけられようが、それでも妹は断固として学ばない。

そして母はそもそも学ばせようとした事もない。

学ばせずにできない事を平気でなじる、そんな性格だ。


 講師を手配したのも俺だ。

父に頼んで母から妹の教育に関わる権限を与えてもらった。


 父は昔から俺達家族に関しては興味がない。

簡単に権限が移譲されたのには正直驚いたが、どうでも良いのだと思う。


 しかし俺の手配した教師が来れば、妹はしれっと逃げる。

そして1度隠れたら教師が帰るまでどれだけ捜索しても見つからない。


 幼い頃はそれが母の身勝手な傷つけても良い理由を作って更に煽り、目の前のこの王子との婚約が決まった日には顔合わせの途中で城から逃げ、恥をかいたと母の手加減のない魔法でとうとう死にかけた。


 いざという時に備え、父に頼みこんで治癒魔法から習っておいて良かったと心底思った。


 これまでの事を全て報告し、母は2度と魔法が使えないようにいつの間にか体に封じの魔法が刻まれ、妹への直接的な攻撃はしなくなった。

ただ、より一層逆恨みから実の娘への憎しみを募らせるばかりだ。


 刻んだのは恐らく父だろう。

あの日の翌日に起きた私が目にしたのは、一月ひとつきかけて体に浸透して魔法を使えなくしていく術式が組まれたドス黒い魔法陣に全身を覆われた母の姿だった。


 無駄に社交界へ出たがる母には屈辱的だったろう。


 一月の間は邸の自室に引きこもる母に対して、まるで禁忌を犯した罪人のようだと子供ながらに感じて、正直いい気味だった。

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