19.狐は犬科……猫科?

「だから個人的にもまだ解消を望んでいないわ。

だって私が微笑みだけの公女だとしても、この血にも立場にも利用価値はあるのだもの。

解消した後の私への扱いがわからないうちは、このままにしておくのが安全でしょう?」


 私の言葉にお兄様はいくらか逡巡しているわ


 そんなお顔も素敵ね。


「……お前……もしや無才無能を装っているのか?」


 あら嫌だ。

思わず吹き出しそう。


「ふっ……あの婚約者と同じ事を言うのね。

ふふふふ」


 あら、つい笑いが……。


「そもそも誰にとっての無才無能でも、私は気にならないわ。

それに私は無能とも有能とも主張した事があったかしら?

好きに振る舞って楽しく生きているだけでしょ?

私の見たい所だけを見て、何かしらの色眼鏡をかけて見ているのは誰?

私にとって都合が良いから色眼鏡を外す機会を私からは与えない。

それだけよ?」


 ほんの少しお兄様に違う言い方をしたのは、きっと絆されたからね。


 とはいえ必要な時にはしっかり装うわ。


「ふっ……そうか。

そうだったな」


 あら、デジャヴュ?!

言葉から自嘲的な微笑みまでいつかの孫ともろ被りよ?!


「お前の婚約については俺の……ゴホン、私の方から父上に改めて尋ねてみよう」


 あら、今更言い直さなくても良いのに。

でもその照れたお顔は可愛いわね。


「ええ、そうしていただけると嬉しいわ」


 私の言葉に頷いて、お兄様は立ち上がる。

見下されると、お兄様の背の高さが際立つわね。


「……すまない。

ずっとお前の事も見誤って、辛く当たっていた。

ちゃんと話せばお前が本心を語らずともわかる事はあっただろう。

気づいても、プライドが邪魔をしてすぐに正せなかった。

激情に駆られて手を出すなど……」


 まったく。

爪が食いこむくらいに両手をギュッと握ってまたそんな顔をするのだから。


 そうしてその後も初めてに近いくらいにまともに話し合って、お兄様が出て行った頃には日も完全に落ち切ってからだったわ。


「殺しても良かったのに」

「あらあら。

殺害が未然に防げて何よりよ、キャスちゃん」


 再びポン、と現れて私の頭にダイブしたのは九尾のお狐様こと、聖獣のキャスケット。


 前々世からの付き合いのある最も古いお友達の1人。

チャームポイントの左前足の紺色基調で一部ピンク生地使用のレース付きパッチワークシュシュが白い毛皮に映えて可愛らしいの。


 このぷにぷにの肉球が衝動的殺人を犯さなくて本当に良かったわ。


 9つのフサフサな尻尾が後頭部にファサ、ファサ、と不服そうに打ちつけられているのだけれど、猫みたいね。

でも狐って犬科じゃなかったかしら?


 まあここはあちらの世界ではないし、キャスちゃんは聖獣だから関係ないのかもしれないわ。


「家族愛を感じてるわけじゃないよね?」

「そうねえ、家族と呼ぶにはあまりに歪で愛がないわ。

ベルジャンヌの時のような愛憎渦巻く王室よりはずっとマシだけれど」


 やだ、自分で言っておいて気分が急降下しちゃう。

ちょうどお湯も沸いたし、お茶でも淹れてリフレッシュしましょ。


 キャスちゃんを頭に乗せたまま、既に準備してあったポットにお湯を注ぐ。

聖獣ちゃんだからか、重くはないの。

せいぜい真夏に頭皮が蒸れるくらいよ。


 フワリと香るのは、お花の甘い香り。

フレーバーティーも自家製なの。


「僕も欲しい!」

「もちろんそのつもりよ」


 うちの聖獣ちゃんはこのフレーバーティーが大好きなの。

尻尾達が左右へファサファサ揺れ始めたわ。

後頭部の髪の毛が巻き上がるくらいよ。

機嫌が良くなった証拠ね。


 子犬見たいで可愛らしいわ。

やっぱり犬科……。


「ちゃんと冷まして」

「お安い御用よ」


 この子はもはや冷たいのでは、と思うくらいに冷まさないと熱くて飲めない猫舌なのよね。

やっぱり猫科……。


 2つの紅茶用カップに注いでパチリと指を鳴らせば、1つから立っていた湯気が消える。


 椅子に腰かけた私の頭からテーブルにトン、と降りてそのまま座って飲み始めたわ。


 器用よね。

人と同じように両前足で持って飲むのよ。

指はもちろん長くないの。

肉球って、吸着性があるのかしら?

不思議ね。

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