12.淑女らしからぬ笑い

「そんな事よりも慰謝料は直接私に下さいませね。

私の手元に来て初めて私への慰謝料ですもの。

もちろんこの件は口外致しませんし、殿下もしないで下さいな」

「ふっ、そんな事扱いか。

それよりもお前への慰謝料が誰かの手に渡るなど……いや、何でもない」


 何かに気づいたように口を噤む。

そうね、私の事を調べさせたのよね。

なら私の周りは色々とおかしいと気づいたかしら。


「ふふふ、ありがとうございます。

それから婚約はいつでも解消なり破棄なりしてくださって私はかまいませんのよ?」

「……は?」

「……いや、それは……」


 何かしら?

2人して瞠目しているわね。

お供君が慌てているけれど、どうしたの?


「もしや誰かから全く真逆の事でもお聞きになりまして?

良い機会ですから1つはっきりさせるならば、私は1度も婚約を望んだ事もありませんし、今も継続など望んでおりませんわ。

公女としての立場があるから王家と公爵家の決まり事に拒否もしていない。

それだけでしてよ」

「いや、しかし、お前、いや、あなたは……」


 お供君たら、嘘だろ?!みたいな顔しないで欲しいわ。

珍しくお前呼びを改めたのは褒めてあげるけど。


 それに今までの孫の私への言動を鑑みれば、個人的にそこの孫に魅力なんて感じるはずもないってどうして考えつかないのかしら?

主従揃って自意識過剰なナルシストなの?


「1番良いのは陛下とお父様に筋を通した形で直接婚約に際しての経緯をお尋ねになられる事ですわね。

より濃い血に縛られるのならば貴族間に産まれたお父様とお母様の実子たる私。

平民の血よりも魔力や魔法を重視するならば彼等の義娘たるシエナ。

どちらも先代公爵たる祖父の血は等しく継いでおりますから、違いはその程度では?

政略結婚など、ただそれだけの事でしてよ?」

「随分と冷めた……」


 あら?

どうして傷ついたようなお顔をしているのかしら?

孫と私の関係なんてそれだけよね?


「そうですわね。

冷めているから、お相手の人間性など気にせず私も婚約の継続を成り行きに任せていられるのでしょうね」


 つまるところ孫の人間性は好ましくないのよ、と言外に伝えてみれば、思わずでしょうけれどたじろいでくれたわ。


 さてさて、そろそろ1年生の補講授業が終わりそうね。

お暇しましましょうか。


「慰謝料を受け取りましたら、診断書のはお渡ししますわよ。

ご機嫌よう、殿下、公子」


 うふふ、と微笑んで告げれば、今更ながらに青くなる男性陣。


 もちろん用は終わったからさっさと立ち去るわ。


 それにしても、いい加減気づいたわよね?


 私が原本を持っていれば、学園内の証言も含めて確固たる婚約を継続するに値しない理由として私の方から有利に破棄できたのよ。

その場合、悪評がついて回るのは孫の方。


 だって学園では未だに稀代の悪女たる王女の話は存在しているもの。

孫はその末裔なのだから。


 前々世の自分の悪評を利用するなんて。

ふふふ、まるであちらの世界でいうところの悪役令嬢みたいよね。


 そしてそれから数日後、私はほくほくとした面持ちでベッドの上で胡座をかき、令嬢にあるまじき笑い声を上げているわ。


「ぬっふぉっふぉっふぉっふぉっ」

「ラビ、何でそんなに上機嫌?」

「ぬっふぉっふぉっふぉっふぉっ。

慰謝料よ、キャスちゃん。

私だけのお金よ」


 わかっているのよ、頭では。

こんな令嬢は駄目って。


 でも王族貴族生活なんかよりもずっと長い間過ごした異世界庶民の感情が……金貨を前にして抑えられない!!


 ポン、とすぐ頭上に現れて私の頭にダイブしたのはもふもふの純白毛皮を纏った九尾のお狐様。

この子が人間じゃない同居人であり、あの時の念話のお相手である聖獣のキャスケット。


 愛称はキャスちゃん。

キャスちゃんは私をラビって愛称で呼ぶわ。


 左手につけてある紺色基調で一部ピンク生地とレースを使用したパッチワークで作ったシュシュがここ数ヶ月でトレードマークになったの。


 今は手の平サイズだけど、最大値は大岩くらいになれるらしいわよ。

本人談ね。

見た事は無いの。


 満面の笑みはそのままに、目の前の大盛り山の金貨をドヤッと胸を張って見せたわ。

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