第108話 ライオンハート


 

 煉獄の地下深くで新結成された強襲部隊レイドパーティ──『ウルフ旅団』

 

 その構成は、お馴染みエンジョイパーティに加え、カレンとトアの教官であり、大狼希少上位種【冥月狼マーナガルム】、只ならぬオーラを放つ新戦力 朔夜サクヤ。その直下の精鋭 大狼部隊。その数は60体を超える。


 結成され間もなく、正体不明アンノウンの敵を感知レーダーにて多数捕捉。

 その敵は仲間たちを監禁し、狂気の悍ましい異形に変え、同士討ちにさせようとけしかけた許すまじき悪魔の如き輩。その報復は絶対であり、徹底抗戦の構えは必須。 


 しかし、大狼たちのサイズは平均3m。強力であるもの地下で強襲する部隊としては機動性を欠く上に多すぎる。狭隘きょうあいな場所での戦闘には適さず、多数対多数では乱戦確実、多大な混乱が生じる可能性が非常に高い。

 更に結成して間もないが故に、緻密な連携は不可。行き当たりばったりでお粗末な結果になり兼ねないと不安要素が募る。

          

 朔夜からの情報では、敵は「形容し難い人種の男」であったこと以外は不明の状況。その規模も戦力も未知数であり、地の利も敵側が握り不利は明らか。懸念すべき材料が盛り沢山だ。

 

 だが、ここに幾多の状況下での軍事作戦を経験し、その知識に長けた者が二人。


「あー、こんなでかい奴らをゾロゾロわーわーこぞって引き連れていたら、汎用性に支障が出るな……」


 ここ、大狼たちが囚われていた監獄エリアの通路途中。ノリと勢いで進軍しかけたがこの大所帯。闇雲に進み、罠でも張られて一網打尽にされたら元も子もない。

 幸いにも敵勢はこちらまで迎え撃つわけでもなく、どこぞでほくそ笑んで待ち構えているようだ。ならば好都合、つまりは布陣を整え作戦を練る猶予があると言う事。



「同感ね。ねぇ朔夜、あなた直下の数は?」


『はい。私と仔狼たちも含めて68でございます』


「結構な数ね……。それで、その仔狼たちは戦えるのかしら?」

「ええ、勿論です。【身体強化フィジカルフォース】も使えますし、日々訓練と狩りを経験させていたので、戦闘にも十分に慣れております」


 カレンとトアより幼い仔狼と言っても、サイズは一般狼と同等。訓練も受け強化魔術も使えるなら、地球の大型猛獣を陵駕するどころではない。


『『『『ワオン!!!』』』』


 それに力強く「任せろ」と呼応し勇ましく吠える仔狼たち。その表情は、愛らしいモフ顔から精悍で獰猛な狼の相貌に変容していた。


「ハハ、頼もしいな! 狭い空間なら寧ろそっちのサイズの方が適しているだろう。オーケイ、十分な戦力として編成に加えても問題ねーな!」

「フフ、そのようね。それで、どうするの? ──団長?」


 敵は正体不明であるが、敵側からしてもそれは同じ。未知の状況ならば、如何なる不測の事態にも臨機応変に対応できるよう、最低限のブリーフィングが必要。

 リディの問いかけから、朔夜を筆頭に大狼たちはお座り状態。カレンとトア、仔狼らも真剣な表情で団長トールを注視する。


「団長って……あーまぁとりあえず、部隊編成を分けた方がいいな。まず、カレンとトアは仔狼たち6頭……いや、6名のうち各3名を指揮し、4マンセルの2チームに分かれてくれ。機動性の高いお前たちは、遊撃隊として状況に応じて自由に動いていい。いいな?」


『『イエッサッサー!! おとたまサー!!』』

『『『『ワオン!!!』』』』


 トールの指揮により役割を与えられ、ビシり敬礼をし明快に呼応するカレンとトア。それに倣い同様に敬礼する仔狼たち。

 単位呼びの「頭」から「名」に言い直したのは、すでに種族の違いは関係無く、同じチームに属する仲間であり、戦友として認めたからだ。


「オーケイ! それで大狼たちだが、カレンとトアの戦い方を見て、ある程度の戦術は予想できるが魔術関連は不明な点が多い。だから、大狼部隊の基本の陣頭指揮は朔夜に任せるが、お前たちも一組4マンセル編成のチームに分かれ、各チームごとにリーダーを決めてくれ」


『了解でございます! しかし、その編成ですと2名ほど余ってしまいますので、トール殿に付かせますか?」

「お! それはありがてー! それならば俺とリディ、サポートに各一名ずつ付けてくれ。それで全チーム、4マンセル体制が執れる」


『はい。それなら、黒鉄クロガネ弥宵ヤヨイ!』


『『ハッ!』』


 朔夜の呼びかけで、瞬間移動のように瞬時に現れた二頭の黒毛大狼。

 右目元に刀傷かのような傷跡、隻眼の「黒鉄」。背から斜めに左脇腹に掛けて三本爪による大きな傷跡が刻まれ、その部分だけ白毛が生え揃った、雌の「弥宵」。

 その二頭の雄邁ゆうまいとした雄々しい佇まい。数々の修羅場を潜り抜けてきたのであろう、つまりは共に歴戦個体。


『話は理解したでござる。それがしらはこの御二方に添えばいいのでござるな‶姉上〟』

『御意でございまする‶姉上〟! 御二方、急時の際は私らの背に騎乗なされまし! 迅雷の如く地の果てまででも疾り抜けましょう!』


「ウハハ、マジか!? すげー乗りてー!! ……まぁ、状況によっては撤退の可能性もあるから、その時は頼むよ。つうか、古風だが言葉を話せるのは助かるな」


「その大狼たちは【冥狼ガルム】のようね。……姉上って弟妹?」


『ええ、血を分けた私の実の弟妹。「黒鉄」が長兄で「弥宵」がその下の妹でございます。この弟妹は、私直下の部隊の副長でもあります。更にその下に双子の末弟もおりますが、あれらはミゼーア様の親衛隊を務めております』


 朔夜を長とした五姉妹兄弟。ミゼーア親衛隊の黒毛の大狼ら「月影ゲツエイ」と「灯影トウエイ」は、実は【冥狼ガルム】種であったようだ。


 それから大狼たちは、統制された機敏な動きで迅速に各チームに分かれ始めた。

 この乱れ無き流れを見る限り、元々ある程度のチーム編成が確立し統率されていたことが窺える。


「それと、これだけの数がチームに分かれ、指揮系統が分散されるなら、迅速かつスムーズな伝令手段が必要ね。ねぇ、朔夜、あなた魔力通信マナフォンは使えるかしら?」

『ええ、勿論可能です。ミゼーア様の御計らいにより初期訓練の過程で仔狼らも含め、全てに習得させております』


「それはグッド、流石ミゼーア様ね。トールには、その通信機モトローラの方に術式を施しておくわね。これで、全員と戦術通信が繋がるわ」

 

 リディはそう言いながら、トールのボディアーマー左胸上に取り付けられた無線機を、魔術式により魔力通話を可能とさせた。

 それと、通信用ヘッドセットを紛失したトールに、アイテムボックスからワイヤレスタイプのイヤホンマイクを取り出し渡す。


「サンキュー リディ! で、あー、あーレディオチェック オーバー。お前ら聞こえるかー? 特に後ろの方」


『『『『『聞こえます 団長!! 感度良好です!!』』』』』


「うお!? 通信でだと言葉が分かるのか!? てか、こいつらにも団長認定かよ……」


「フフ、そのようね。この通信プロトコルは思念によるものだから、言語化されて意思疎通が容易になったはずよ。今までと同様にチャンネルを変えれば、チーム内と全体通信に任意で変更できるわ」

「ハハハ、いいねぇ! ぶっちゃけ野生動物モフモフだと思ってナメていたよ。とんでもねー精鋭チームだな! しっかりと訓練を受け洗練され統率された動き、人と同等以上の高度な知能と遠隔でも意思疎通が可能ならば、如何ようにも対応できるな……この陣営──かなりエグイぞ!」 

 

 近代戦術に於いて必須とされる情報共有の容易化。この戦術データリンクが確立されたことにより戦略の幅が大いに広がった。


「あー、こうなるとコールサインも必要だな……」 


 部隊規模の拡大と共に、通信による各情報統制の円滑、容易簡略化の為、チーム名及び各個の識別子コールサインが必要となり、各自に戦術用の新たな呼び名が割り当てられる。

 

 総勢72名、4マンセルに分かれ18チーム。まずのトールをリーダーとする総指揮チームは、「ウルフリーダー」トールは「ウルフ1」リディは「ウルフ2」黒鉄「ウルフ3」弥宵「ウルフ4」。


 カレンチームは『フェンリル1』カレンのコールサインは『フェンリル1-1ワンワン』 トアチームは『フェンリル2』トアは『フェンリル2-1ツーワン』仔狼たちは以後の番号呼び。


 大狼部隊のメインで陣頭指揮を執る朔夜チームは、朔夜以外はダイアウルフの中でも最精鋭3頭で構成された「ガルム」チーム。朔夜は「ガルム1」、他3頭は以後の番号呼び。


 他のダイアウルフ14チームは、フォネティックコードを使用することになったが、いずれ合流するかも知れぬ米海兵隊たちとの差別化を図る為に、NATOコードではなく、ドイツ語圏コードを使用。

 その内訳は、頭文字がアルファベット順にA「アントン」B「ベルタ」C「チェーザー」D「ドーラ」E「エミル」F「フリードリヒ」G「グスタフ」H「ハインリヒ」I「イーダ」J「ユリウス」K「カウフマン」L「ルードヴィヒ」M「マルタ」N「ノルドポール」の以上である。


「ハハ 、もう各自のコール名と配置が決まったのか! 早ぇーな!」


 トールの指示により理解力と記憶力が非常に高い朔夜を始め、カレンとトア、各チームリーダーらが集まり、各コールサイン、移動陣形などの簡易的な打ち合わせが迅速に執り行われ完了した。


「オーケイ! 各チームは四角隊形スクウェアフォーメション、2チーム並列を維持! 後列とは一定距離を置いた隊列を組みながら移動! 交戦時は攻撃とサポートに随時別れ、それのローテーションを繰り返す! 状況に応じて周囲各チーム内外、各フォローに回れ!一名たりとも絶対に死なすなよ!!」 


『『『『『『『ワオン!!!了解!!!』』』』』』』』

 

 さぁ、部隊編成は整った。予測のできない正体不明の敵との交戦は、今日に限っただけでも十分経験してきた。

 パーティの規模が膨れ上がり、大幅に戦力が拡大したのだ。未知の状況であろうが、万全の布陣を築いておけば、交戦に限らず撤退するにしても、後は如何ようにも対応できる。

 トール、リディとは初の連携であり、訓練無しのぶっつけ本番になるが、実戦の中で状況に応じてその都度、臨機応変に対応していけばいいと判断。


 見た目的には、野性味溢れる原始的な戦闘集団。古来より軍用犬の運用は地球でも行われてきたが、ここにいる種は別物。文字通り次元が違う。

 元々、高度な訓練を受け統率されたファンタジー狼種。その戦力は個体レベルで武装した装甲車を上回り高機動。更に流暢な会話と距離を置いた通信通話まで可能。

 

 それらが、地球の歴戦プロフェッショナル、個人戦闘力では、ぶっちぎりのトップである上級下士官指揮の基、近代戦術が加えられたことにより、一個の強力な戦術部隊として確立されたのであった。


「よーし! 日和ひよってる奴はいねーよな!? 屈強不屈たる誇り高き戦士であり、最強の狩人ハンターたちよ! さぁ、狩りの時間ハンティングだ!! てめーらをこんなクソ穴倉に押し込んだあげくに、俺らの仲間戦友をイカれたクソみてーな姿にした、それ以上のクソのカスヤローをぜってー許す訳にはいかねーよな!! これからそのクソカスを死に腐るまで徹底的にボコリまくんぞー!!1ミリも容赦は必要がねぇ!! 完全滅殺! 倍倍の二乗オーバーキルでぶち殺す!! これは決定事項!! うんじゃあ出陣の準備はいいかー!?」

 

『『『『『『『ワオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』』』』』』』


 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


 ウルフ旅団、初陣戦は完全報復戦。某名言を入れつつ団長トールの士気を高める口上により、大狼精鋭たちは士気高らかに呼応ハウリング

 同時に一斉、前脚で石床を力強く踏み叩き、韻律を奏でるウルフ卍リベンジャーズ。


『おとたま、クソかっけー!! テンションがクソ上がってくるよー!』

『おとたま、クソイキってるのー! けど、なんかワクワクするねー!!』


『何でござるかこの沸き上がる闘争意欲の高揚!体中に力が漲ってくるでござる!!』

『同感でございまする、兄上!! 何か漏れそうでありまする……あ!出てもた」


 モフモフに取っては、無自覚ながらも圧倒的なカリスマ力。その絶大な影響を受け、興奮し堪らず何やら漏らすうれション者まで現れる。


『……これは、王たる者だけが発することがきる、最高位の士気高揚スキル【気焔衝天ライオンハート】。リディ殿…彼は…トール殿はいったい何者でおられますか…? あのカリスマ性は正しく王の資質。それとあの魔力では無き凄まじき聖闘気は……まさか神の使徒では…?』

「フフフ、私も同様の意見よ。彼とは同じ軍に所属はしていたけど、初めて出会ったのは一昨日。行動を共にして、昨日今日だけでも数々の理解に苦しむ力を見て来たわ……果たしていったい何者なのかしらね……」


 またもや、異世界ヒュペルボリアに存在する何やらな力を、別のベクトルで無意識で放つトールに畏れを抱く朔夜と、推論枠を超え思考がバグるリディ。 

 

「ハハハハハ!! 盛り上がるなー!! よぉぉぉし!今度こそ征くぞぉおおおお!!全隊進軍開始!!」


『『『『『『ワオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』』』』』


 トールの意気天を衝く号令に奮起し呼応する大狼たち。万全を期して改めて進軍を始めるエンジョイレイドパーティ。


 行軍先頭は朔夜の「ガルム」チーム。続く2チーム並列で「アントン」と「ベルタ」その次がトールの「ウルフリーダー」。その後列から2チーム並列の隊列陣形でいずれも威風堂々と歩み往く。


 そして、行軍は監獄エリアの奥地へと進み、薄暗い数十メートル程の通路の先に、異様と言うよりはこの場には相応しくはないものが視界に入った。


『あれはいったい何でございますかね……?』


 それは扉だ。これまで、中世欧州を思わせる組積造の地下建造物であったものが、その扉は近代で見られる、鉄製の分厚い頑丈な両開きタイプの隔壁扉。

 まだ真新しく、軍政府、超富裕層用の核シェルターを思わせる最新タイプの防壁扉だ。それが、避難受け入れ態勢かのように全開放、歓迎状態。


「ったく、この世界の建造物は時代設定が無茶苦茶だな……」

「煉獄は古今東西、様々な世界が入り混じった混沌世界と聞いているわ。こんな状況はその仕様の一つと受け流していた方がいいわよ。無駄に気疲れするだけ」

 

 一行は、その混沌具合に困惑し警戒しつつ、開いた扉先に構わず入る。周囲は古い石レンガ造りからコンクリート製の通路に変容し、その僅か先の開けた空間へと出ると──。


「あー、マジか……何だこれ? 今度はSFかよ!」


 

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