第3話 2

 そうして我がブラドフォード公国は、ついに独立の日を迎えたわ。


 居並ぶ招待客を前に、お父様は公国の独立を宣言した。


 同時にシルトヴェール王国の腐敗を告発する。


 王は病床にあって、すでに政治を執れる状態にはなく、王太子は貴族院の言いなりに無秩序に法案を通してしまっているそうよ。


 先日の戦において、陛下の名前が出てこなかったのは、そういう事だったのね。


 これはウチの諜報機関――『影』の調べによるものだから、ほぼ間違いのない情報よ。


 わたくしが最果ての森のそばの修道院に送られるように、オズワルドに働きかけたのも『影』によるもの。


 シルトヴェール王城には、彼らが何人も入り込んでいるの。


 お父様の演説は続く。


 わたくしはクレアと一緒に、ホールの隅に垂れ布で仕切られた控えに隠れて、呼ばれるまで待機ね。


 お父様は公国はすでに王国と戦争状態にある事を説明し、つい先日も王国<兵騎>大隊を相手に大勝利した事を告げたわ。


 そして公国を盟主として、賛同してくれる各地領主達と共に反王国同盟の設立を宣言。


 正式名称としては「ブラドフォード公国及び領主同盟」となるわね。


 これに参加するのは全四十五領の内、実に三十四領。


 当初の想定よりずいぶんと多い数だわ。


 みんな、それだけ現在の貴族院中心の体制に不満を持っていたという事ね。


 参加していない領は、貴族院に所属する法衣貴族と親密であったり、そもそも身内が貴族院に所属していたりする領ね。


 領主同盟に参加する領はすでに領境に関所を設けて、人の行き来を制限しているそうよ。


 特に物流ね。


 王都に流れ込む物資を制限して、干上がらせようとしているの。


 同盟間の行き来には、すでに街道は使われて無くて、クレアが構築してくれた転移網が使われているわ。


 そう。


 領主同盟の領地は隣接してはいないけれど。


 転移網を使う事によって点と点で繋がっていて、いつでも行き来ができるの。


 これによって、もし王国が逆に公国への物流を制限しようとしても、無駄ってわけね。


 街道なんて、もはや使っていないのだもの。


「……なんかエドワード、すごくむつかしい事言ってるね」


 眉根を寄せて、顎に手を当てながらクレアが呟く。


「こないだ説明した事を、貴族的な言い回しで伝えてるだけよ」


「じゃあ、内容は一緒って事?

 貴族って面倒くさいね」


 真面目な顔してクレアが言うものだから、わたくしは思わず吹き出してしまったわ。


「本当にね。

 きっとみんながおまえのように素直なら、もっと暮らしやすいでしょうね」


 クレアの綺麗な赤い頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細める。


 やがてお父様は戦後について説明を始める。


 現貴族院は解体し、法衣貴族は官僚としての職務に従事させること。


 領主もしくはその代理による議会を設立し、各領の声を吸い上げた国家運営体制に移行する事。


 そして――お父様は王とはならず、あくまで大公として議会に参加する事を告げたわ。


「――王には、娘のアンジェラが立つ予定だ」


 お父様の言葉に、ホールがどよめく。


「――アン、本当!?

 女王様になるの?」


 クレアも驚いた様子で、わたくしの袖を引いて尋ねてくる。


 これはクレアには説明していなかったものね。


「……それが筋なのよ。

 お父様はすでに大公になる際に王位継承権を放棄しているもの。

 第二王子のヘリックを立たせる事も考えたけど……

 正直、これからの王国の先行きを考えれば、現王室からの立太子は民が納得しないわ」


 ヘリックには当初の予定通り、ブラドフォード大公家に養子に入ってもらうつもり。


「それでは生臭い話はこれくらいにして、だ。

 ――紹介しよう。

 娘のアンジェラとクレアだ」


 お父様がこちらを手で指し示し、わたくしはクレアの手を取る。


「んん? エドワード、言い間違えてない?

 アレだと、わたしもエドワードの娘のように聞こえちゃうよ?」


「――良いから。これはおまえの為なのよ」


 わたくしは不思議そうな表情のクレアの手を引いて、控えから踏み出す。


 お父様の元へ向かう間にも、お父様の説明は続く。


「クレアはこの国の守護貴属たる果ての魔女なのだが……聞けば最果ての森でひとりで暮らしているというのでね。

 アンジェラを助けてくれた恩に報いる為、我が大公家の養女として迎え入れる事にした。

 ……みな、よろしく頼む」


 それはこの場に居合わせた者達への牽制。


 クレアは大公家の庇護下にある。


 下手に手を出そうものなら、大公家を敵に回すという事になるのだ、というね。


 お父様の言葉を、招待客達は正確に読み取ったようね。


「んんん?」


 わかってないのはクレアだけみたい。


「あとで説明してあげるから、今は集中なさいな」


「う、うん」


 そうしてホールに踏み込んだわたくしとクレアを、みんなが驚きで迎える。


 そうでしょう。


 今日のわたくしはクレアの髪に合わせた真紅のドレスで。


 クレアはわたくしの髪色に合わせた黒のドレス。


 この出で立ちで、後の女王と守護貴属が手を繋いで現れれば、その親密さは目に見えて明らかよね。


 エレナが提案してくれた時は、嬉しさに柄にもなく踊りだしそうになったわ。


 元々はクレアの提案だと聞かされて、もっと嬉しくなった。


 わたくしはお父様の隣に立つと、一同に向けて腰を落とす。


 クレアも打ち合わせ通りにわたくしを真似ているわね。


「――アンジェラよ。

 集まってくれた事に感謝すると共に、王国打倒までの奮闘に期待するわ」


 わたくしはかつてオズワルドの妃として受けた教育を思い出しながら、王族然とした口調で一同に向けて言葉を放つ。


「ク、クレアだよ。

 は、果ての魔女で……

 その……アンの――アンジェラの義妹いもうとって事になったみたい」


 たくさんの視線を向けられて、人馴れしてないクレアは、しどろもどろになりながらも、なんとか自己紹介を果たしたわ。


 拍手が打ち鳴らされ、わたくしとお父様は満足げに笑みを浮かべる。


 クレアは拍手の勢いに驚いたのか、耳を手で覆っているわね。


 そんなところも可愛らしい。


「――さあ、宴の始まりだ。

 みな、楽しんで行ってくれ!」


 お父様の宣言に合わせて、招待客が動き出す。


「あ、じゃあ、わたしはお料理食べて来よーっと」


 などと言って歩き出そうとするクレアの手を捕まえて。


「これからしばらく招待客の挨拶があるのよ。

 ご飯はその後、ね」


 わたくしはクレアに微笑みを向ける。


「えーっ!?

 ……貴族って、本当に面倒くさいんだねぇ……」


 がっくりと可愛らしく肩を落とすクレアを隣の席に座らせて。


 わたくしもまた席に腰を降ろしたわ。


「とりあえずエレナにジュースを持ってきてもらうから、しばらくそれで我慢なさい」


「わかったよぅ」


 お父様の前には、すでにずらりと招待客が列を作り始めている。


 あれに受け答えしていかないといけないと思うと……


 クレアじゃないけれど、本当に貴族は面倒くさいと思うわね。

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