第2話 6
――異変に気づいたのは、クレイブが王都を出立して三日ほど経ってからだった。
街を歩いていて、行商人の数が少ないような気がしたんだ。
言いしれない不安を感じてポートラン商会に顔を出すと。
「――ジン様!
ちょうどお越し頂きたいと考えていたのです!」
頭取が困り顔で僕を出迎えた。
話を聞くと、どうも行商人達が次々とポートラン商会との契約を打ち切っているのだという。
「――商品はどうなっていますか?」
「……現在はまだなんとか、備蓄と契約の残っている行商人で回せていますが……このままでは、王都の需要を満たせなくなる恐れがあります。
それで……先遣隊の物資援助の件なのですが……」
頭取の言いたいことはわかる。
すぐに収益にならない物資援助の為に商品を放出してしまっては、店に出す商品がさらに不足すると言いたいのだろう。
――だが。
「……殿下のご下命です。
陛下が倒れられた今、殿下のこの指示は実質、勅のようなものです。
……反故にはできないでしょう」
財務副大臣の父によれば、すでに予算は動いていて、輜重隊まで編成されている。
早ければ明日にも商会の倉庫から、物資の搬出は始まるだろう。
「そもそもなぜ行商人達は急に契約を打ち切っているのです?
きちんと給金は払っていたでしょう?」
「私も不思議に思って尋ねたのですが、皆、口が固く……」
頭取は首を振ってため息をつく。
理由はわからなかったという事か。
「……そういえば」
ふと頭取が頭を上げてつぶやく。
「辞めた古参の行商人が申しておりました。
――ポートランは変わってしまった、と。
自分は商人であって荷運び屋じゃないのだと、そう申しておりました」
「――意味がわからないですね。
商人として大成できないから、ウチで雇ってやっていたのでしょう?」
「……そうですよねぇ?」
僕と頭取は首をひねる。
「それと……関係あるかどうかわかりませんが、各地の提携していた職人達や百姓達も契約の打ち切りを持ち出し始めているそうで……」
「――どうなっているのですかっ!?」
僕は思わずテーブルを叩いた。
「それが、いっさいわからないのです。
これまでそういった交渉は、仕入れの行商に任せていたので、彼らがなにか吹き込んだとしか……」
怯えた頭取はその広い額に汗を浮かべ、ハンカチでしきりに拭う。
なにが起きている。
この国一番のポートラン商会との契約を打ち切ってまで、王都を離れる行商人。
そして彼らに追随するように一次、二次産業に携わる者達までもが離れている。
――考えられるとすれば……
「――わかりましたよ」
僕は出されたお茶を口に運び、向かいに座る頭取を安心させるように微笑む。
「彼らはブラドフォードとの戦に怯えているのです。
アンジェラが騎士達を相手に大立ち回りを演じた事は、不本意ですがすでに噂になっていますしね。
……加えて先日の騎士団隊舎崩壊です。
行商人達は、王都にまでブラドフォードが攻め込んでくると考えて、しばらく離れようとしているのでしょう。
まったく小者らしい、矮小で小賢しい思考ですよ……」
僕は鼻を鳴らして、頭取にそう告げる。
「――なるほど! さすがジン様!」
「――行商人達に教えてやりなさい。
すでに先遣隊が王都を出立していると。
ブラドフォードが攻め込んでくる事はありません。
むしろ公国が滅ぶ事になるのだと、噂を広げるのです」
商会傘下の新聞社に、それを書かせるのも良いかもしれない。
「それで行商人達も戻ってくるでしょう」
「――すぐに手配致します!」
バタバタと応接室を出ていく頭取を尻目に。
僕は窓の外に見える王城を見つめながら、次のルミアへの贈り物を考える。
殿下の妃になるのは、もう決定したようなものだけれど。
優しい彼女は僕にも分け隔てなく、愛を与えてくれると言っている。
そんな彼女に報いるには、なにを贈るのが良いだろう?
「――クレイブ隊長、街道を行く者が少なくないですか?」
<兵騎>が隊列を組んで進む最後尾を走る馬車の中で。
副官が首を捻りながら尋ねてきた。
今回の任務で親父に付けられた、俺の目付役でもある副官だ。
「……そうなのか?」
換気の為に開け放たれた押し上げ窓から見える街道の風景は、確かに少ないどころか俺達以外に通る者がいないように見えた。
「これは珍しいことなのか?」
俺の質問に、副官はうなずく。
「ブラドフォード公国は発展目覚ましいですからね。
そこへ続くこの双月街道を行き交う者は多いはずなんですが……」
副官の言葉に、俺は思わず笑う。
「旅人や行商人達だってバカじゃない。
戦が近いという噂を聞いたのだろうさ。
だからブラドフォードへ向かう者が少ないのだろう」
俺の説明に、副官は手を打ち合わせて納得したようにうなずく。
「さすがグレイブ隊長!
なるほど、確かに戦を見越してブラドフォードを避けるというのはありえますね」
「少し考えればわかることだ」
「――そうだぞ! おまえら、もっと考えを働かせるんだぞ!」
副官は馬車内に詰めた従騎士達を見回して、そう告げる。
こいつは都合が悪くなると従騎士達に責任をなすりつけるクズだった。
従騎士達は顔をうつむかせて、副官から視線を逸している。
「おい! おまえら聞いているのかっ!?」
声を荒げる副官に。
「そんな事よりだ。
アンゲラが見えてきたようだぞ」
――窓の外。
街道が伸びる平原の向こうに、アンゲラが持つ市壁と、城郭の高い尖塔の影が見え始めていた。
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