未確認な「やま田」とかいう存在のせいで平凡な人生終わりました。とりあえずコーヒー飲ませてください。

南方 華

Case.1 探偵なのに盗むんだゆ

Case.1 探偵なのに盗むんだゆ ①

 今年の東京は暑い。

 41℃というのは、いつの年だったかに計測した39.5℃をはるかに上回るハイスコアなわけで、当然俺が今までの人生で体験したことのないレベルだ。

 外を歩こうもんなら、5分ともたず制服のワイシャツは恥ずかしくなるくらい汗でじっとりとしてしまうだろう。


「たあ! にゅあ! きゅあ! ほわっ! ゆ! ゆ!」


 そんな俺、つまり星川良成ほしかわよしなりとかいう一介の高校生が、外の暑さを忘れられるくらいガンガンにエアコンの効いた事務所で、キンキンに冷えたブラックなコーヒーを片手に優雅ゆうがな土曜の昼下がりをむかえているというのは、実に幸福なことのように思える。

 しかも、ほがらかに微笑ほほえ老紳士風ろうしんしふうの姿をした白髪の壮年そうねん男性を向かい側のソファーにして。

 嗚呼ああ、このままずっと、おだやかな時間の中を生きていたい。

 

「にゃあ! みゅあ! むみゅあ! ふほっ! へあっ! ゆ! ゆ!」


 すぐ、左で床をみ込む音と、金属がしなる鋭い風切り音、そして気が抜けてしまうけ声を聞きながら、強く、強くそう思う。



 だが、現実を直視しなくてはならない。

 先程、事務所に入った瞬間、ほおをかすめたせいで皮膚ひふかすかに切れた痛みを思い出しつつ、老紳士の視線を追うようにして首を左にぎぎぎ、と回す。

 そこに居たのは、軽やかに前後にステップしつつ、左手にある刺突剣フルーレを突き出す、フェンシングスーツを全身にまとった小柄こがらな姿だった。

 動くたびに頭防具マスクからはみ出た明るいサンゴ色の髪が右に左にと跳ねている。

 その正体を知ってはいるが、あえて見た目と声だけで判断すると、小学校高学年から中学生くらいの女子といったところだ。

 中身を知っていてもそう断言出来ないのには様々な理由があるのだが、それは追々おいおい説明するとしよう。

 フェンシングの動きを見ながら、老紳士がゆったりとした口調で話しかけてくる。


「精が出ますな」

「そう、ですね。でも、今日はどうしてフェンシングなんでしょうか」


 こうたずねてしまうのも無理はなかった。

 なぜならば、一昨日おとといまでは縦横たてよこ高さ1メートルはある、巨大な氷のキューブを両手につけたグローブで高速で摩擦まさつし溶かすという意味不明な行いをしていたからだ。

 かと思ったら、昨日は壁掛け大型テレビで魔法少女が活躍するアニメをただ視聴しているだけ、という穏やかな日もあるわけで。

 とにかくその日にならないと、その行動は読めない。

 いや、当日その瞬間でも読めはしないのだが。


「やま田様には、やま田様のお考えがあるのです」

「あるんですか、こいつに。いや、ヨーグルさんがおっしゃるなら、きっとあるんでしょうけど」


 目の前でフェンシングにいそしむ楽しそうなその姿からは、特に計画性をうかがい知ることは出来ない。

 一方で、先程から動きを大きく変え、ジャンプし空中で一回転ひねりを加えて突きを繰り出したり、くるくると後方二回転宙返りを決めてしんのブレない一撃を見えない敵に向かって打ち込んでいる。

 もし、フェンシングに技の芸術を競う種目があれば、オリンピックで金メダルが獲れるのではないか。

 そんなことを期待してしまうくらい、人間離れした数々の動きを見つつ、だが、俺はそれを全力で否定した。

 このやま田とかいう存在は、およそ地球の競技に参加する資格がない。


 なぜならば、――宇宙人なのだから。

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